昨日までアクセスできたサイトは見られなくなっている衝撃

妻はすぐに仕事復帰し、生まれた娘は0歳児で保育園に入った。送り迎えのときに“おじいちゃんではなく、パパだ”と思われるように、筋トレの習慣をつけ、姿勢矯正の教室にも通っている。さらに白髪染めを頻繁に行い、服装にも気をつけるようになった。

「60歳で定年退職して、別の仕事を探そうと思っていましたが、娘がいるからお金がいる。再雇用希望を出しました。幸いにも、これまでと同じ営業部で働き続ける辞令が出たので、すごくホッとしました」

給料も現役時代より15万円が減ったが、文句はない。責任を問われることがなくなったからだ。

「これまで新規開拓を念頭に入れて部下のマネジメントを行なっていましたが、座席も変わって待遇が変わったことがわかった。その後は言われたことを言われたようにやる、というモードに切り替えました。もう娘のためにもすべてを受け入れて働くしかない。定年を迎えた翌日、再雇用で働き始めて驚いたのは、会社のサイト内で重要な案件が見られるページにアクセスできなくなったこと。そのときに、ウチの会社は役職によってアクセスできる情報にフィルターがかけられていることを知ったのです」

社外の人の対応もガラリと変わった。

「わかりやすかったのは、僕のところに届く年賀状。部長職だった去年まで50枚以上あったのに、今年は10枚。向こうも営業だからコストをかけられない。定年リストを作っているんだと思いました」

仕事で培った関係は、自分に利益がないとわかれば、そのまま終わってしまう。

「それを感じるにつれ、家族がいるありがたみが身に沁みます。それまで僕をチヤホヤしていた人から、見下すような視線や表情を受けても、妻や娘の顔を思い浮かべると、寂しく思った気持ち、少し傷ついた心が回復する」

再雇用は、会社や取引先の扱いに、少しずつ慣れていくことが肝心だという。

「5年間、毎月数十万円の給料をくれるところは、古巣しかない。娘はまだ3歳で、これから学費がかかる。それなりに貯金もしていましたし、退職金もありますが、細かいところに色々お金がかかる」

65歳で定年を迎えたらどうするのかと聞くと、「議員になろうと思う」と意外な答えが返ってきた。

「子育てにまつわる問題は山積みだとわかったからです。だって、上の子と下の子を別の保育園に預けているとか、シングルマザーの人への行政のサポートが少ないとか、いろんなことに気づきました。これを変えるのは政治しかないと思い、今、少しずつ政治の勉強をしているんです」

直樹さんは、「それまでやり過ごしてきた不満や怒りが、今になって爆発したのかも」と続けた。人生は何があるかわからない。ただ直樹さんのように、「流れに任せる」「あるがままを受け入れる」ということも、一つの正解なのかもしれない。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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