特殊清掃のお世話になるのは避けたい
息子は、「母さんは何が怖いの?」と聞き、怖いと思うことと、それに至るまでの行動を書き出した。
「まず、転倒が怖いと言ったら、転びそうになった状況を確認してくれました。私は来客時に慌てることで転倒しやすいので慌てないようにと言われました。あとは、家族間の連絡体制を作り、いざというときのために、隣の家の人と連絡先の交換までやっていました。エアコンが外からでも消せるようにスマートリモコンを導入。スマートスピーカーで薬を飲む時間を教えてくれる設定をして、玄関と廊下の見守りのために、ネットワークカメラをつけたのです」
リビング、キッチン、バスルームほか生活動線には、セキュリティ会社の見守りサービスに加入。一定時間に動きがなくなり、異変を感じるとスタッフが駆けつけてくれるという。
「これで息子は仕事をしながらでも私の状況を確認できます。私も安心して生活を続けられます。私が恐れていたのは、死んでしまった後に数日間気付かれず、特殊清掃が入らなければならない状況になること。この可能性が消えたことは、大きな安心になります。相談しながら、息子は“うちに住む?”と言ってくれたのですが、ありがたくお断りしました。私が息子の家族内に入り込めば、絶対に家庭不和が起こる。出来上がった家族バランスは、親子とはいえ他人が入り込めるものではないんです」
広子さんがあまりにも強く言うので理由を聞いたところ、「実家でよそ者扱いされた経験があるからなんです」と言った。広子さんは中学卒業後から、4人の弟妹のために必死で働き仕送りを続ける10代を過ごした。交通費も仕送りするために正月も帰省しなかったという。末の弟の中学校の卒業式の日、7年ぶりに実家に帰ったら、「あなたは誰?」というような態度を取られたのだ。
「人間関係ができているところに入り込むと悲しい思いをするだけ。私はそれを身をもって学びました」
同居の拒否にはもう1つ理由があり、一人暮らしで満たされているからだという。
「自分の分だけ家事をして、家に好きなものを並べて、好きなように食事をして、1日1回、近所の神社まで散歩する生活が好きなんです。動画サブスクに入っているから、いくらでも映画が見られるし、旅行に行きたいと思えば、行きたい場所のライブカメラを見て、その街にいるような気分で楽しめる。楽しいとまでは言いませんが、気ままでいいものなんです」
2月27日、厚生労働省は2024年の人口動態統計の速報値を発表。年間出生数は72万988人と、9年連続で過去最少を更新した。死亡数は過去最多の161万8684人で、死亡数から出生数を引いた人口自然減は約90万人と過去最大の減少幅を記録。誰もが死は避けられない。その日を安心して迎えるために、環境を整えるのも親孝行なのかもしれない。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。
