
「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。親を旅行や食事に連れて行くことが親孝行だと言われているが、本当にそうなのだろうか。
一人暮らし世帯の拡大が社会問題になっている。国立社会保障・人口問題研究所の最新情報によると、一人暮らしをする65歳以上の高齢世帯の割合は増加の一途を辿り、2050年に32道府県で20%を超える見通しだ。これは、地方ではなく大都市圏で大きく増えるという。医療や介護の問題は、現役世代を圧迫し続けるだろう。
東京都内で一人暮らしをしている広子さん(79歳)は「娘が亡くなった主人の仕事の手続き全般を、息子が見守りサービスを入れてくれたことを、ありがたく思っている」という。
【これまでの経緯は前編で】
75歳を過ぎると、死の気配が身近になる
夫はがんで79歳のときに死去した。今、自分がその年齢になり、衰えを感じているという。
「70代でYouTubeを始めたり、インスタグラムで情報の発信をしたりしている人がクローズアップされていますが、それは特別だから紹介されるんです。彼らはセンスも頭も良く、経験豊富で容姿にも恵まれています。それに文化的で努力家ですしね。私のように15歳から働き詰めの一般的なお婆さんは、とにかく衰えている。75歳頃から、足が上がらなくなって転びそうになったり、ガスの火を消し忘れたり、死の気配を身近に感じることが増えます」
今、住んでいるマンションは40年以上住み続けているが、人間関係は希薄だという。
「ファミレスのバイト時代に繋がった人もいるけれど、気楽に連絡をする感じではないですしね。子育て中に知り合った人は、引っ越しているし、友達の多くが病院に入ったり、亡くなったりしています。人生100年時代と言われているけれど、多くの人は80代で亡くなると感じています」
健康に不安を抱えるようにもなる。広子さんは、半年前貧血で倒れ、這うようにして玄関まで出て行き、たまたま通りかかった同じフロアの住民に救急車を呼んでもらったことがあったという。
「あのまま倒れていたらどうなっていたんだろうと思います。この心配事を抱えていましたが、子供達には言えませんでした。息子は10年前に立ち上げた会社がようやく軌道に乗ったばかり。私立大学に通う娘が2人もいて、奥さんは病気がち。娘には仕事があり、海外に単身赴任している夫がいて、さらに大学受験を控えた息子がいる。私のことで、絶対に彼らに負担はかけたくないんです」
7人きょうだいの3番目として生まれた広子さんは、4人の弟妹が中学校を卒業するまでの学費や生活費のために働いていた過去がある。
「正直、親が7人も子供を産まなければ、私がこんなに苦労をすることがなかったのにとは思いましたし、未だに弟や妹に対して、恨みのような感情を抱えています。誰かに世話になることは、その人の人生を奪うことにもなりかねないんです」
とはいえ広子さんは、一人で老いて死んでいけると思うほど、傲慢ではない。
「いつかは子供達の手が必要な時期が来る。その時間を少しでも先延ばししたい。最近、覚悟を決めて息子に“孤独死を避けたい”と相談したら、“もっと早く言ってよ。見守りサービスに入るよ”と契約してくれたんです」
【世間話を交えながら、息子は3時間かけて話を聞いてくれた…次のページに続きます】
