「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。親を旅行や食事に連れて行くことが親孝行だと言われているが、本当にそうなのだろうか。
2024年11月、国立社会保障・人口問題研究所は、一人暮らしをする75歳以上の高齢世帯の割合は増え続け、2050年の全国平均は28.9%になるという推計値を発表した。この背景には、少子高齢化と、結婚しない人が増えていることがある。近い将来、都市部を中心に身寄りのない高齢者が増えていき、地域の対策が必要になるのではないか。
東京都内で息子と同居している知子さん(77歳)は「気ままな一人暮らしがいいと思っていましたが、誰かと一緒にいる安心感は、桁違い」と語る。
「実家が草ぼうぼうの廃墟になっているよ」と連絡が
知子さんは、1年前から東京にある息子の家に暮らしている。最初は、「迷惑をかけたくないし、住み慣れた場所を離れたくない。とんでもない!」と辞退したという。
「戦後に教育を受けた私たちの世代は、“人様に迷惑をかけず、きちんと生きていきなさい”と幼い頃から言われていました。他人様に迷惑をかけないように、恥ずかしくない格好をして外に出る。子供を産んで、真人間に育てて、人様のお役に立てるようにする。そうして生きてきたから、息子夫婦と同居して、息子とお嫁さんに迷惑をかけるなんて、絶対にできない。そんなことをするなら施設に入ろうと思いました」
息子が同居話を持ちかけてきたのは、夫の死がある。
「8年前に、7歳年上の主人が心臓発作で亡くなったんです。お葬式が終わって、一人になってみると、家が広い。悲しいとか寂しいとかを通り越して、途方に暮れてしまったんです」
当時の自宅は千葉県内にあり、40坪の敷地の半分がガレージと畑だった。夫は車と家庭菜園と日曜大工が趣味で、定年後は車のメンテナンスを行ったり、家庭菜園から作物を獲ったりしていたという。夫の死後、家に残ったのは膨大な工具と古い車、雑草だらけになってしまった家庭菜園だった。
「車はすぐに売りました。私は力仕事はできないし、工具のこともわからない。家庭菜園くらいは続けようと思ったのですが、あれはとてつもない重労働。さらに私は虫が大嫌い。トマトを取ろうとして、カメムシがついていたときは、“ギャー”と叫んでしまい、ご近所さんが飛んできたこともありました」
知子さんのかつての家は、1970年代に宅地開発されたエリアだ。住民は同世代が多く、子供たちも近い年齢が多い。
「長年、近所付き合いをしており、お互いいい距離感を保つ居心地がいい街です。近所には知り合いが多いし、住んでいて安心感がある。主人が亡くなってみると、一人暮らしって楽しいんですよ。好きなものを作って食べ、好きな時に遊びに行っていいって最高の毎日でした」
知子さんには2人の子供がいる。地方にいる娘、都内に住む息子とはLINEしたり、都内で食事をしたりする程度の距離感だった。そんな息子が、2年前、突然家にやってきた。
「実家に来るのはおかしい。そう思っていたら、“テツ(息子の幼馴染)から、家が草ぼうぼうの廃墟になっていると連絡があったから来た”と」
69歳の時に夫が亡くなってから6年間、70代の知子さんにとって、家の管理は重労働になっていた。
「身の回りの世話はできても、家全体となると大変。主人が亡くなってから数年間、2階に上がったこともなかった。でも息子ってありがたいですね。親が大変そうだと聞いて、すっ飛んできてくれるんですから」
【モノが詰め込まれた家の片付けは、半年かかった…次のページに続きます】