文/印南敦史
『大往生のコツ ほどよくわがままに生きる』(小笠原文雄 著、アスコム)の著者は、医師であり、僧侶でもあるという人物。立場上、いままでおよそ3000人の「人生最期の日々」に寄り添ってきたのだという。
当然ながら“終わり方”もいろいろで、幸せそうに旅立つ人もいれば、苦しみながら最期を迎える人もいるそうだ。
しかし、両者の違いはなんなのだろうか?
それぞれに個別の事情はあるものの、幸せな方に共通しているのは「我慢」をなるべくせずに、ストレスの少ない生き方をしているということ。苦しんでいる方は、周囲の目や家族の意見を気にして、言いたいことも言えず、やりたいこともかなえられないまま、亡くなっていくことが多いのです。(本書「はじめに」より)
ストレスがたまると気持ちがふさぐだけではなく、血流が悪化し、免疫力が低下するなど、体の健康にも影響が出る。その結果、体調を崩して早くに亡くなっていくケースは珍しくないそうなのだ。
一方、医師から余命宣告を受けても、ストレスの少ない生活に切り替えてから体調がみるみる回復し、笑顔で長生きする人も数多く見てきたという。
端的にいえば、いいたいことをいい、食べたいものを好きなように食べ、お酒も飲んで……と、好きなように生きた方がストレスはたまらず、心も身体も元気でいられるということなのだろう。
納得できる話ではある。もちろん、食べ過ぎや飲み過ぎ、一方的なわがままを通すなど“行き過ぎ”はまずいわけだが、“ほどほど”であればよいということなのかもしれない。著者も、そうした生き方を「ほどほどわがまま」ということばに込めている。
そこで本書では、ほどよくわがままに、笑顔で長生きするための考え方や生活習慣を明らかにしているわけである。
たとえば「食事」に関しても、子どものころから続く“当たり前の習慣”の重要性を説いている。食べる前に「いただきます」、食べたあとに「ごちそうさまでした」と手を合わせることを誰しもが教わってきたはずだが、その姿勢をいま改めて再認識すべきだというのである。
食事は、植物や動物のいのちをいただくという行為です。こうしたいのちが、私たちの血となり肉となって、いのちを養ってくれているのです。とても有難いことではないでしょうか。(本書84〜85ページより)
理屈ではわかっていても、大人になるにしたがってその本質を意識する機会は少なくなるかもしれない。だが、改めてその“当たり前”と向き合ってみる必要があるということだ。
たしかにボーッと食べていたのでは、食べもののありがたさを実感することはできない。それどころか、(テレビを眺めながら食べたりしたらなおさら)自分がどのくらい食べたのかもわからなくなるかもしれない。
その結果、無意識のうちに食べすぎてしまい、やがて健康を害することになったとしても不思議ではない。
もちろん前述のとおり、著者の根底には「我慢をせずに好きなものを食べたほうが、ストレスがたまらない」という考え方がある。とはいえ、好きだからといってどんどん食べてしまったのでは、体にいいはずがないのだ。
腹いっぱい食べたら翌日はちょっと減らしてみるなど、バランスをとることが大切なのである。もちろん、腹八分目で満足できることがなにより大事であるわけだが。
食事に感謝をして、おいしく味わうと、食べ過ぎを防ぐことができます。これは、「腹八分目で医者いらず」という言葉どおり、長生きの秘訣でもあるのです。(本書85ページより)
食べたものがしっかりと消化・吸収され、老廃物が排泄されていれば、体は正常に機能する。逆にいえば、消化・吸収と排泄がスムーズに進まなければ、老廃物が体にたまっていくことになってしまうわけだ。
日本人のがんの増加には、食生活の欧米化が原因の一つとして指摘されてきました。肉や乳製品、油脂の多い食品は、日本人の体だと消化・吸収・排泄がされにくいからだと考えられます。(本書86ページより)
体質はひとりひとり異なるので、一概に「これがいい」「これはダメ」と断言することはできないだろう。つまりは自分の体質を考慮したうえで、「食べる・食べないの基準」を決めればいいわけだ。
ただ、日本人には、和食が体に合っている人のほうが多いように思います。
日本人は、ご飯を主食にして、汁物、そして主菜1品と副菜2品を組み合わせ、魚介類や海藻、豆類などを食べてきました。これが日本の風土に合った伝統食である和食です。(本書86〜87ページより)
新鮮な旬の素材を使う和食には季節感があるため、自然の恩恵を感じることができる。感謝の気持ちも湧いてきて、ストレスを感じることも少なくなるかもしれない。
つまり大切なのは、特別なことをすることではないのだ。当たり前な日々の暮らしに感謝し、それを楽しみ、心にゆとりを持つことこそが、ほどよくわがままに長く生きるための秘訣なのである。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。