文/鈴木拓也
近年、相続税にまつわるトラブルが増えているという。
きっかけは、2015年の相続税法改正。この改正により、相続税の基礎控除額は8000万円から4800万円へと引き下げられた。
そのため、課税対象となる人の数はほぼ倍増。およそ10人に1人の割合で課税されるようになった。以前は、相続税が関係するのは富裕層に限られていたが、必ずしもそうではなくなったのである。
例えば、地価の高い都市部に持ち家があり、定年退職して退職金をもらい、貯蓄が2000万円ぐらいあれば、課税対象となる可能性は高い―そう言うのは、税理士法人レガシィの代表社員税理士・天野隆さんだ。
天野さんは、日本でも数少ない相続専門の税理士。先般上梓した著書『相続は怖い』(SBクリエイティブ https://www.sbcr.jp/product/4815624323/)にて、書名どおり相続の怖さ(トラブルのリスク)を教える。
はたして、その怖さとはなにか、またその対策は? 今回は、その一部を紹介しよう。
税務署はしっかり見ている
まず知っておきたいのは、相続税の課税対象となりうるのは、大概が「二次相続」のタイミングとなる点だ。
両親がいて、どちらかが死亡した時は、一次相続といって、法定相続分は残された配偶者が5割、子供が残り5割となる。
ちなみに、先に亡くなるのは父親のほうが確率的には高くて、約6割だという。
さて、一次相続時は、配偶者が困窮することのないよう税額軽減など法律で規定があり、かなりの資産家でもなければ相続税は発生しない(申告は必要だが)。
もう片方の親も亡くなった時に、二次相続が発生する。このときは、一次相続時にあった制度は適用されず、課税対象となる可能性が高くなる。
税務署は、役所から通知された死亡届から、日本国民の誰が亡くなったかは把握している。相続税の納付期限内に申告をしなかったり、納付を済ませておかないと、もれなく無申告加算税や延滞税が課されてしまう。また、申告書に記載の金額が不足していた場合は、追徴課税もなされる。
申告書を提出しても、もしも隠し財産があれば、国税調査官がやってきて税務調査のもと、すべてがあぶりだされる。
天野さんは、こう記している―「だから財産を隠すことについては諦めた方がいいです」と。
名義預金の存在は要注意
当事者に、財産を隠す(つまりは脱税)意図はなくても、申告書に書き漏らしたばかりに、後で大変な目に遭うリスクはある。
その1つが「名義預金」。
これは、口座名義人がお金を出していない預金のこと。亡くなった人が、配偶者や子供の名義の預金口座をつくっていて、自分のお金をそこに預けて管理していた場合が、それにあたる。
税務署は、相続税が発生する可能性があると判断したら、亡くなった人の自宅近辺の全銀行に、本人・家族の預金口座と預金額について問い合わせをする。名義預金は、しっかり把握されると思っていい。なので、この額も相続財産として、正直に申告書に盛り込むのが賢明だ。
ただ、名義預金といっても、それなりの理由があって存在したものであれば、ペナルティは生じない。
天野さんは、担当した相談者の例を挙げる。亡くなった夫は以前、複数回にわたって自分の口座から100万円を引き出し、妻の口座に同日振り込んだ。これが税務署に、名義預金ではないかと指摘されたのである。
これに対し、妻と天野さんは「夫から妻に渡された生活費である」と主張。また、税務署には、「これが生活費ではなく、明らかな名義預金だという証明をしてください」と言った。
税務署はその証明はできず、こちらの言い分が通った。それで、約100万円の相続税の減額が適法にできたという。
一次相続の際はここに注意
天野さんは、税務署はいちいち教えてはくれない、相続の「極意」についても1章を設けている。
それには、遺言書や暦年贈与といったテクニカルな解説もあるが、マインド面の話もあって興味深い。
その1つが、一次相続の遺産配分の扱い。前述したように、一次相続時の法定相続分は配偶者が5割、子供が5割となっている。これを、3:7と子供に多めに配分すると、 二次相続時を含めての相続税をトータルで節税できることが多い。このやり方をすすめる税理士も結構いるという。
しかしこれは、「配偶者の気分を害することが多い」と、天野さんは指摘。次のように説明を加えている。
なぜかというと、自分を差し置いて子供が多く取るというのは内心面白くないからです。とはいえ、口では「私も長くないから子供が多く取っていいですよ」と言いはするのです。
でもそこで子供がその気になって、「そう? じゃあそうさせてもらおうかな」なんて言うと確実に気分を悪くします。(本書152~153pより)
それで、母親が父親の財産をすべて寄付してしまった例もあるという。
そんなふうにこじれないための解決策として、子供から「お母さん全部相続したら」と言うことを、天野さんはすすめる。そう言われると、親としては「あなたはこのくらい取っておいた方がいいわよ」と返したくなるもの。仮にそのような展開にならなくても、二次相続の際、結局は子供のところに遺産は渡ってくる。一次相続では、残された親を思いやる気持ちを優先するほうがずっといい。
これに限らず相続の極意は、とにかく「モメない」ことだという。親の側としても、残す財産が少なくなりそうな子供に対して、心情面で配慮するなどやっておくべきことはある。相続が「争族」になってしまわないためにも、押さえておくべき点はしっかり押さえておくことが肝心だ。
【今日の定年後の暮らしに役立つ1冊】
『相続は怖い』
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。