眠っていた経営者の血が騒ぐ

葬式を済ませ、過去10年分の会社の帳簿とデータを抱えてひとまず帰宅することに。帰りの新幹線で妻から「あんた、会社継ぐんでしょ」と言われ、「うん」と答えたという。

「あんな弟とはいえ、たった一人の弟が死んだダメージは大きい。妻に“離婚しちゃ嫌だよ”と言うと、“あんたと別れるわけないでしょ”と笑って肩を叩いてくれたとき、泣いちゃってね。弟の人生と比較して、なんていい人生を歩んでいるんだろうと思うと同時に、弟の人生が、なんと寂しいのだろうかと」

その日、夢中で帳簿を読んだ。赤字経営は続いており、借金は億単位だった。弟は地元の銀行の言いなりにお金を借り、運転していたことが帳簿から読み取れた。

「正社員は総勢10人、アルバイトや非正規雇用を含めると20〜30人。かつて4店舗経営していたコンビニは2つになり、飲食店は4店。それに生命保険の代理店までやっていた。僕は新卒を金融関連会社の営業マンとして過ごしたので、昔とった杵柄も使える。再生しなくてはと、眠っていた経営者の血が騒いだのです」

翌日の夕方、当座の着替え、パソコンなどをスーツケースにつめて、再び実家へ。すぐに行ったのは社員の聞き取りと現状の確認だった。

「私も知っている古参社員とともに、社員のヒアリングをした。まあ、弟はパワハラのデパートみたいな人で、店ではいろんな不正が行われていました。コロナで飲食が止まっていたから、コンビニ事業に集中させ、当座の事業を回すことにしたのです。僕も店舗に入り、掃除や挨拶などをして問題点を書き出しました」

無計画な人員配置をやめ、勤務体制を合理的に整え、人件費を削減した。不正をやめない社員には辞めてもらい、新たにスタッフを入れた。

「コロナで人が余っていて、本当に良かったです。もし、今だったら絶対に採用できない。すぐに取り組んだのは、業務導線の無駄の削除、取引先の見直しのほか、思いつくロスを徹底的に潰していきました」

当然、反発はある。取引先を変えたとき、古参社員から「誰が社長にしてやったと思っているんだ」と怒鳴られたこともあった。

「バックマージンをもらっていたんでしょうね。でも零細企業とはいえ、創業家の長男だから、言うことを聞いてもらいました。だって、続けるのは僕だもの。それまで社員に対して“家のための事業再生を助けてほしい“と心で思っていたけれど、怒鳴られてからは“あなたの生活を守りたい。みんなで安定しよう。その手伝いをしてほしい”と自分の言葉で伝えるようにしました。言葉で人は動きますから」

生命保険の代理店事業にも力を入れた。これは専務が回していたが、入手したリストに片っ端から電話をかけるという旧来の営業方針が行われており、これを見直した。営業対象をファミリー層に絞り、個別に営業をかけた。

「最初の3か月は夢中で事業再生に取り組みました。うまいこと会社を畳むために継いだのですが、やってみると会社員時代の経験がとても生きる。コロナもあって、会社が立ち直るまでに3年くらいかかるかと思ったら、2年で軌道に乗りました。抜けた人員は、弟の妻、娘、息子にも働いてもらっていて、まあなんとか回っています」

和明さんは、思いがけず定年後に経営者になった。「会社を存続させるまでが僕の仕事。定年後に拡大は無理です。食うに困らない金はあるから、やはりそれ以上は頑張れない。あと創業家の人じゃないと、この大改革はできない。なんでしょうね、原動力は愛なのかも」と続けた。

代表就任時から、弟の息子か、専務の息子に承継させることを考えていたという。和明さんは、今、週末だけ東京の自宅に帰るという生活を続けている。「遠距離別居していた方が、夫婦仲がいい」と笑った。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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