文・絵/牧野良幸
フランスの名優アラン・ドロンさんが8月に亡くなった。88歳だった。日本でも人気だっただけに、その死去が惜しまれる。
そこで今回は特別編として、アラン・ドロンさんの出演した映画『サムライ』を取り上げたい。1967年公開のフランス・イタリア合作映画。監督はジャン=ピエール・メルヴィル。
アラン・ドロンは子どもの頃から知っていた俳優だ。
当時は美男子(今で言うイケメン)のことを「アラン・ドロンみたい」と言うのが日常的だった。僕も何度口走ったことか。僕の場合、同性に向けて言うわけだから冷やかしもあったと思うが、それでもいい男を見れば「アラン・ドロンみたい」と反射的に出た。それくらいアラン・ドロンはいい男の代名詞だったのだ。
映画館で初めてアラン・ドロンを見たのは中学二年生の時である。1971年(昭和46年)の『レッド・サン』という映画だ。日本の侍が登場する異色の西部劇である。
“世界のミフネ”こと三船敏郎、男性化粧品「マンダム」のCMで大人気のチャールズ・ブロンソン、そして世紀の二枚目アラン・ドロン。
世界的スター三人が共演するのだから、いかにも中学生が好みそうな映画だが、僕としてはアラン・ドロンを一度はキチンと映画館で見たいという気持ちがあった。
果たしてスクリーンのアラン・ドロンは二枚目すぎるほど二枚目だったが、意外にもワルの役をこなして、それがまたカッコよく、俳優としての実力を知る。名作『太陽がいっぱい』やヴィスコンティの『山猫』にも出演しているアラン・ドロンに、そこで感心するのも遅いのだが。
さて今回取り上げる『サムライ』。
タイトルからてっきり『レッド・サン』のように日本人が出演するか、日本が舞台の映画かなと思ったらそうではない。バリを舞台にした犯罪映画である。
とはいえ日本にも関係がある。映画のエピグラフとして日本の書『武士道』が引用される。「サムライ」(原題「Le Samouraï」)というタイトルは、そこから来ているのだろう。日本の侍(または浪人)の孤独を、一匹狼の殺し屋に重ね合わせたと思われる。まあ日本でハードボイルドな時代劇が作られるように、フランスでBUSHIDOを重んずるギャング映画が作られてもおかしくない。
映画はアラン・ドロンがふんする殺し屋ジェフ・コステロの犯行と、ジェフを追う警察の追跡劇を描いている。
ジェフは殺風景なアパートで孤独に暮らす男。飼っている小鳥だけが彼の心を慰めてくれる相手だ。
ジェフはナイトクラブの支配人を殺す依頼を受ける。犯行に使う車を盗み、ジェフに心を寄せるコールガールのジャーヌ(ナタリー・ドロン)にアリバイを頼み、冷静に殺害を実行する。
オープニングから犯行までジェフのセリフは少ない。ブルーを基調にした陰影の濃い映像が観客を引っ張っていく。その映像がサスペンス性を高めるのだから、この映画がフレンチ・フィルム・ノワールと称されるのも分かる。
映像をさらに特別なものにしているのがやっぱり被写体としてのアラン・ドロンだ。寡黙な表情も、フェドラハットにトレンチコートの襟を立てて街を歩く姿もサマになる。フィルムのどこを切っても男性ファッション誌を見ているような感じだ。昔アラン・ドロンが出演した「ダーバン」のCMを思い出してしまった。
存在感といえば、共演のナタリー・ドロンもやはり僕の世代には懐かしい女優さんだ。
ナタリー・ドロンが映る、フランス語を話す。それだけで洋画雑誌『スクリーン』や『ロードショー』のグラビア写真が思い出される。あの頃はフランス映画への憧れが強かった。
あとジェフの犯行を目撃したナイトクラブのピアニスト、ヴァレリー(カティ・ロジェ)。謎の女性の登場もフレンチ・フィルム・ノワール風だ。
「殺人犯を間近で見たのはあなただけだ、あなたならこの男のアリバイを崩せる」
と刑事。
「確かです、この人じゃありません」
明らかにジェフの顔を見たのに嘘の証言をする彼女は何者か。ジェフは不審を抱き、彼女に接近する。ここからラストシーンでジェフがヴァレリーに銃口を向ける流れになるのだが、地下鉄を舞台にした追跡劇など、後半も見どころは多い。
この映画でアラン・ドロンは冷静で非情な殺し屋ジェフを演じている。ジェフが時々見せる虚無的なまなざしには、ドロンのファンでさえうろたえることだろう。
そしてアラン・ドロンはやはりカッコいい。ギリシャ彫刻のようにどの角度から見ても美しい顔。知的で野性味や色気もある。日本で「アラン・ドロンみたい」と言われたイケメンは星の数ほどいただろうが、そもそもアラン・ドロンに匹敵するイケメンなどいないのだ、とこの映画を見てあらためて思った。
そういえばアラン・ドロンの訃報が流れた時、フランスでは追悼番組として『サムライ』が放送されたのだそうだ。分かる気がする。それくらい『サムライ』はアラン・ドロン推しの映画だ。
【今日の面白すぎる日本映画】
『サムライ』
1967年
上映時間:105分
監督・脚本:ジャン=ピエール・メルヴィル
アラン・ドロン、ナタリー・ドロン、カティ・ロジェ、ほか
音楽:フランソワ・ド・ルーベ
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/