家族を守る息子の姿

不仲な両親の姿を見ていたから、息子は独身を宣言していた。息子は大学卒業後にIT関連会社に勤務し20代で子会社を任され、社会的にも地位があった。

それゆえに、康夫さんが「一人っ子だし、家族がいた方がいい」と言うと、「僕は、お母さんを不幸にした、お父さんの子供だから。お父さんのように絶対になるから、結婚したくない」と言った。その時に、胸を抉られるほど辛かったという。

「息子が結婚を拒否することに、親としての後悔、妻への申し訳なさ、自分中心に生きてきたことへの責任、自己嫌悪などが渦巻いて、泣きながら起きることもありました」

後悔の日々を過ごしていた康夫さんは、息子が35歳の誕生日に「この子はもう、結婚しないだろう」と諦めた。それまで甘い期待をしていたのだ。しかしそれから2年後、37歳の息子が、「この人と結婚する」と同じ歳の女性を連れてきた。

「驚くと同時にびっくりしちゃって。沖縄でぶん殴られた時の衝撃が襲ってきて、また号泣しちゃったんです。お嫁さんも息子も驚いていましたが、僕は涙が止まらなかった。吐くように泣いていました。それで、やっとのことで、“お母さんも喜んでいると思う”と息子に伝えると、息子も泣いていて、また泣いちゃった(笑)。お嫁さんは“やだ〜、ウケる”と笑っており、それが妻にどこか似ており、そこにも涙が止まらなかった」

すぐに孫娘も生まれ、康夫さんも千葉の自宅から、都内の息子夫婦の家に子育てのサポートのために通いはじめた。

「私が両親に助けてもらったように、共働きの二人をできるだけ支えたかったんです。保育園の迎え、食事の支度、遊びなどをしているうちに、“あれ、この子はちょっとおかしいぞ”と思うようになりました。発達が遅いというか、空間認知能力のようなものが、人とは違っている」

そのことを息子夫婦には言えないまま、小学校に上がった。すると、担任の先生から、「発達に問題がある」と言われ、教育センターで知能テストなどを受けることになった。

「結果は、特別支援学級に行くほどではないが、少々発達の遅れが見られる、ということでした。いわゆる“グレーゾーン”というやつです。それを息子に伝えると、“お母さんも多分、これだったよね”と言う。ああ、息子はわかっていたんだな、と」

大人になった子供が、過去を振り返る時間を親と一緒に持つことも、孝行だと言う人は多い。それから1週間後、息子は「お父さん、暇でしょ? ちょっと手伝ってよ」と連絡をくれた。

「なんだかわからないまま、“いいよ”というと、お嫁さんが会社を辞めて、発達障害の子供達のための放課後サービスを始めると言うんですよ。その決断と、負う責任に驚きながらも、妻に対する贖罪になるのではないかと、手伝うことにしたのです」

放課後等デイサービスは、発達に問題がある子供が勉強や対人関係を学ぶことができる施設だ。「障害児通所受給書」を持つ子供なら、利用料の9割を自治体負担で利用できる。

「自治体に提出する申請書類の作成はお手のものですから私が担当しました。他にも、経理や運営などを担当しています。まだ始まったばかりで、スタッフさんの給料が足らず、私の貯金から持ち出しています」

学校との連携書類の作成、保護者対応なども行なっているという。「どの子も妻に重なる」と言う康夫さんは、平日は14時から20時まで、土曜日は9時から18時まで出勤しているという。

「息子やスタッフさんたちは、子供の学習の習熟具合を確認しつつ専任教師が勉強を教えたり、社会生活に必要なソーシャルスキルのサポートをしているんですよ。私も妻に、このように接すればよかった。後悔しても仕方がないので、未来に向かって頑張りますよ」

まさか、こんな人生になるとは思っていなかったと言う。ただ、放課後等デイサービスは、少子高齢化もあり、経営的にも難しいと言われている。

「息子夫婦の体力と、私の財力がどこまで続くかわかりませんが、“家族を守っている”という私の人生に足りない要素を息子がもたらしてくれた。これが最高の親孝行だと思っています」

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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