写真はイメージです

「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。親を旅行や食事に連れて行くことが親孝行だと言われているが、本当にそうなのだろうか。

厳しい暑さが続き、熱中症で命を落とす報道も目立つ。人との繋がりが薄いと、発見が遅れてしまうこともあるだろう。警察庁の最新データ(2024年1~3月)を見ると、自宅で死亡した独り暮らしの高齢者は1万7034人(暫定値)。1年間の死者数は単純計算すると、約6万8000人と推計されているが、この暑さがどう影響するのだろうか。

東京23区内のマンションで一人暮らしをしている信江さん(74歳)は「今年、兄が孤独死したのです。そのとき、息子(47歳)にずいぶん助けてもらいました」という。

親の言う通りに歩いてきた人生

信江さんは、短大卒業後、アルバイト程度の仕事をしながら5年ほど過ごし、25歳で結婚した。

「女の子は仕事をしないことが幸せ、という意見が大多数の時代でした。私も社会に出て働きたいとも思わなかったし、その必要も感じなかった。“男顔負け”で働く女性たちと、私の人生は別物なんだと思います」

肋膜を病み徴兵を免れた父は、ある会社を経営していた。母は旧華族の血をひくお嬢様で、戦争中に疎開地で知り合い、結婚する。昭和22年に兄が、24年に信子さんが生まれた。当時、家は格別裕福だったわけではない。畑や田んぼだらけだった杉並区の外れに家があり、慎ましく暮らしていた。

「別荘地だった高級住宅街と、農地だったエリアとでは文化が違うんですよ。うちはもちろん、農地側。父が戦後に大変な思いをして手に入れたらしいのですが、母は狭くて庭がないことに驚き、“これは誰が住むの?”と言ったそう。それを父がよく笑い話にしていました」

父は母や信江さんには優しかったが、兄には厳しかった。成績が悪いとき、剣道の試合で負けたときなど、「男だろ!」と怒鳴りながら、兄を張り飛ばす姿をよく見たという。

「父は兄に期待をしていました。父は平和が来てやっと商売ができると、インドネシアやタイなどに商談に行っていました。兄を後継者にしたかったのでしょう。しかし、兄ははとにかく出来が悪かった。やっとのことで二浪して入った大学を中退。それを知った父は仏壇の前で泣いていたことを思い出します」

そんな兄の姿を見ていたから、信江さんは親の言う通りに動く道を選ぶ。

「中学校から私立のミッション系の学校に行き、父が“英語ができるといいぞ”というので付属の短大の英文科に進みました。門限の22時よりも前に帰宅し、両親が喜ぶことを率先してやりました」

母と共にボランティア活動にも参加し、なかなか会えない人々とも親しくなった。短大を卒業してからは、父の会社で翻訳や来賓対応、秘書業務のアルバイトをしていた。

「海外から来たお客様の奥様と一緒に買い物したこともありました。銀座や京橋のギャラリーで骨董や美術品をびっくりするくらいの値段で買うんです。1970年代、円は本当に弱かった。あのとき、多くの名品が海外に渡ってしまったんだと思っています」

25歳のある日、父から「信子に会わせたい人がいる」と言うので、言われた通り帝国ホテルに行く。そこには、結婚相手となる夫がいた。

「予想はしていたんですよ。私も表向きは固いふりはしていましたが、たくさんボーイフレンドがいましたからね。彼らと結婚が別なこともわかっていました。そんなタイミングで、父が私にぴったりな人を用意してくれたんです。言われた通りに結婚しました」

5歳年上の夫はある省の官僚だった。終戦の前年に生まれ戦後民主主義の教育を受けた夫は、穏やかで優しかった。

「主人の仕事は転勤が多いんです。北海道、広島、鹿児島などを周りつつ、27歳で息子を産み育てながら、引っ越しばかり。夢中のうちに10年が過ぎ、気がつけば主人も偉くなって、転勤生活が落ち着いた。息子も小学生になったので、東京に定住することになったのです」

【兄の後始末に追われ、父の財産は減っていく…次のページに続きます】

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