写真はイメージです

NHK『日曜討論』ほか数々のメディアに出演し、シニア世代の生き方について持論を展開するライフ&キャリア研究家の楠木新さん。人生100年時代を楽しみ尽くすためには、「定年後」だけでなく、「75歳からの生き方」も想定しておく必要があると説きます。楠木さんが10年、500人以上の高齢者に取材を重ねて見えてきた、豊かな晩年のあり方について紹介します。

井戸端会議でつながりの創出と再生

都会を中心に人間関係をつなぐ取り組みは全国で行われています。過去にNHKのテレビ番組で拙著『定年後』が取り上げられるとともに、いくつかの興味あるシニア世代の活動例が紹介されました。私もその1つに興味を持ったので取材に行きました。

大阪府河内長野市のニュータウン内の高齢男性のみのユニークな集まりです。取材の際には、私よりも高齢の53人の男性がテーブルに分かれて楽しそうに語り合っていました。「どないでっか」「この前はお世話になりましたなぁ」「まあおかげさんで」と元気な声が部屋中に響き渡ります。地域での出来事やゴルフ、政治談議などワイワイガヤガヤとにぎやかに井戸端会議が続いていました。

しばらくして始まった「報告タイム」では、代表から今月の行事、忘年会の日程などの連絡がありました。その後の「仲間からの提案コーナー」では、ゴルフ会、ボウリング大会、陶芸教室、小学生に対する工作教室などの案内と参加の呼びかけが行われました。新たにメンバーになった2人の自己紹介もありました。

私自身が今まで見てきた定年後の男性は、図書館、喫茶店、スポーツクラブなどで、ひとりで活動する姿が中心でした。このような大規模な情報交換をしている場を見たのは初めてで驚きました。

この会の特徴は、規約も役員も会費もなく、出席自由・欠席自由、その他一切の制約もないことです。何も決めずに自由に運営することが、「お互いを認め、尊重し合い、自らの責任で行動する自覚が守られる」と代表の男性は話してくれました。

会議の場所の設営も、コーヒーの提供も、終了後の後片付けもすべて参加者が自発的に行います。受け身ではなくメンバーの主体性が感じられたのが印象的でした。興味が湧いたのは、この会合は男性に限っていますが、最も強力な理解者・支援者は妻や家族で、噂や評判を聞いて家にいる夫や父の参加を促していることが多いことです。

会報には、家に引きこもりがちだった父親が元気に活動する姿を見て、そのビフォーアフターに驚いていた娘さんの投稿記事もありました。

代表の男性は、「出会った者同士が、万一の時にも助け合えるような関係になってほしい。そうすれば、たとえシングルになっても、ひとりぼっちではないはずだ」と語っていました。

メンバーの平均年齢は70歳を超えていたと思われます。今後自分の身の回りのことができなくなった時に、人とのつながりを確保しておきたいという気持ちが会を活性化させているのではないかと感じました。深い付き合いではなくても、会った時に楽しく過ごせることがポイントです。遠くの親戚よりも近くの他人なのです。

この地域が都市近郊のニュータウンであることにも注目すべきでしょう。大阪市内に勤めていた同世代の元会社員の家庭が大半です。住民が求めているものが共通しているので、互いに住む人のニーズを見極めやすいのでしょう。

人が集まって気楽に話せる場が、人とのつながりを紡いでいくのです。

地域活動の場には誰でも参加できる

大阪市近郊の社会福祉協議会(社協)が中心になって、定年後の男性に農業を通して人とのつながりを深めてもらおうと都市型農園を開設している例もありました。市内のいくつかの農園で野菜を栽培しています。高齢男性の孤立を防いで、生きがいづくりにもつながると全国の社協やNPOなどの視察が相次いでいました。

私も数年前に、半年ほど入会して農園での作業や水田づくりに参加しました。一般の都市部にある貸し農園は、個人で自分の区画を借り受けて作物を育てることが多い。ところが、ここは男性に限って、比較的広い農園で苗木の種付けや水まき等をメンバーで協力しながら作物を育てています。私の直感では、この大阪の社協は、人とのつながりを意識して、ボランティアとして働く機会を彼らに提供しているように思えたのです。収穫した野菜をJAに販売したお金で、居酒屋で皆と一緒に一杯やるというのがいいのでしょう。

またお寺がいろいろな行事を実施して地域活動の拠点となっている例もありました。そこでは週に何回か昼食を食べる「しゃべり場」を設けています。私も昼食をとった後に講演をする機会をいただきました。一緒に食事をするというのは、人とのつながりにおける大切なポイントです。料理や配膳、皿洗いなどを参加者が互いに協力していることにも興味が湧きました。

無料の学習塾のケースなども含め、他にも知恵を凝らした活動が全国の各地域で実施されています。ところが、このような活動があること自体を知らない人も多いのです。地方公共団体のHPを参照すれば活動の概略はわかります。誰でも参加できるものが大半なので見学に行くのもいいでしょう。興味が湧かなければスルーすればいいだけ。軽い気持ちでどんどん参加してみたいものです。

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楠木新(くすのき・あらた)
1954年、神戸市生まれ。1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長などを経験する。在職中から取材・執筆活動に取り組み、多数の著書を出版する。2015年、定年退職。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務める。現在は、楠木ライフ&キャリア研究所代表として、新たな生き方や働き方の取材を続けながら、執筆などに励む。著書に、25万部超えの『定年後』『定年後のお金』『転身力』(以上、中公新書)、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『自分が喜ぶように、働けばいい。』(東洋経済新報社)など多数。

 

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