写真はイメージです。

NHK『日曜討論』ほか数々のメディアに出演し、シニア世代の生き方について持論を展開するライフ&キャリア研究家の楠木新さん。人生100年時代を楽しみ尽くすためには、「定年後」だけでなく、「75歳からの生き方」も想定しておく必要があると説きます。楠木さんが10年、500人以上の高齢者に取材を重ねて見えてきた、豊かな晩年のあり方について紹介します。

定年後に身につけたい「家事力」

私が地域での人のつながりが大切だと感じたのは、ひとり暮らしの男性が社会福祉協議会に生活支援を求めていた様子を目のあたりにした時のことです。職員から、「助けが必要になってからではなく、元気なうちに地域で活動していれば、もっとスムースに援助ができるのに……」との言葉を聞いたのです。

発言の真意を私がその職員に確認したところ、何らかの形で周囲の人との関係やつながりがあればいろいろな場面で互いに助け合うことができる。地域住民が相互に支え合う方が、人同士のつながりは強く、その範囲も広くなるからだということでした。「手助けが必要な人」という立場だけでなく、「互いに支援を行うことができる人」であれば、なおさら人とのつながりは強くなるのでしょう。

これは75歳を超えて周囲の人の援助が必要になった時には大切なポイントになります。援助を受ける前から人との関係を紡いでおく必要があるということでしょう。

少子高齢化の昨今では、誰もが介護する側に回る可能性があります。配偶者が要介護状態になることもあれば、自分の親をみるだけで精いっぱいで配偶者の親の介護まで取り組める余裕がない場合もあるでしょう。

さらに、今は配偶者がいてもいずれはシングルになります。「自分は介護を受ける立場だと思っていたのに、妻が先に逝ってしまった」と語る60代後半の男性もいます。その時に子どもと一緒に暮らせるとは限りません。そう考えると、やはり近くにいる知人が頼りになるのです。

介護をする人たちが情報交換をしているグループの世話役の女性に対して、「中高年以降の男性は、定年後を見据えてどう対応すればよいと思われますか」と聞いたことがあります。

すると、彼女からは「会社の同僚だけでなく、地域の人ともつながりを持ち、最低限の家事ができること、普段から家族とのコミュニケーションをきちんとしておくこと」という回答がありました。

彼女の発言のうち、「最低限の家事ができること」という部分に引っかかりました。

たしかに75歳以降にひとりで過ごすことになったり、介護をする立場になったりという可能性が誰にでもあるとすれば、最低限の家事ができることは必要でしょう。

70代の男性が、妻が病気で1か月間入院した時に仕方なく自炊をしたことで料理に目覚め、後に役立ったと話していたのを思い起こしました。

いわゆる「家事力」は、地域での人間関係を紡ぐ際の基盤の一つとなるかもしれません。私自身にも言い聞かせなければならない課題です。

誰もが「ひとり暮らし」に備えるべき

定年の前に企業で実施されるライフプランセミナーでは、夫婦を前提とした老後の話に終始していることが多く、それも男性向けの話題が中心です。とはいえ、熟年離婚や未婚者が増えているためか、シングルで定年を迎える人は少なくありません。

主に独身やひとり暮らしの方々に読んでもらうページを担当している新聞記者から取材を受けたことがあります。出来上がった記事を読んでみると、ひとりで定年を迎えた人たちのいろいろな姿が紹介されていました。

金融機関から出向した先で再雇用された男性は、週に2回パートで働きながら英会話や水泳、観劇も始めて、婚活サービスにも登録していました。自治体に勤務していた女性は、演劇やコーラスなどの趣味を楽しんでいました。当然のことですが、一人ひとりに様々な生活があって決まったモデルなどはありません。

その記事で、私のコメントも紹介されました。「私の取材した範囲では、シングルの人たちは定年後、割と順調に自立して過ごしている印象がある。家族に依存することはないし、また、家族を言い訳にせずシンプルに自分なりの決断ができるからでしょう」。今もこの印象は変わりません。

ひとり暮らしで長く現役時代を過ごしてきた人は、割とスムースに定年後を迎えているのです。問題は75歳を過ぎて老いが身に染みる頃になって、ひとりだけで対処できないことが生じてきた時でしょう。先ほども述べた、遠くの親戚より近くの他人というか、身の回りのちょっとしたことを頼める人とのつながりがポイントになると思います。ただし、これはひとり暮らしの人の問題だけではなく、配偶者を亡くすと同様な課題に誰もが直面するわけです。

そういう意味では地域の人と交流できているかどうかは個人の好みだけの問題ではなく、生活上のリスクともかかわってくることになります。

* * *

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楠木新(くすのき・あらた)
1954年、神戸市生まれ。1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長などを経験する。在職中から取材・執筆活動に取り組み、多数の著書を出版する。2015年、定年退職。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務める。現在は、楠木ライフ&キャリア研究所代表として、新たな生き方や働き方の取材を続けながら、執筆などに励む。著書に、25万部超えの『定年後』『定年後のお金』『転身力』(以上、中公新書)、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『自分が喜ぶように、働けばいい。』(東洋経済新報社)など多数。

 

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