スーパーで顔見知りに出会う幸せ
生活支援員と惣菜店のアルバイトを両立して、今は月に7万円ほど稼いでいるという。
「カミさんが休みの日は、絶対に仕事を入れず2人で家で過ごします。カミさんの言う通り、猫の額のような庭の草むしりをしたり、家庭菜園の世話をしたりと、忙しい。そしてビールを飲んで、昼寝をして、夕方になると近所のトンカツ屋さんとか焼き鳥屋さんに行く。この店は、惣菜店のアルバイト仲間に教えてもらいました」
康史さんは、45歳のときに郊外のマンションを売り、今住んでいる建売住宅を購入した。子育てが最も密な時期を別の地域で過ごしたために、地元のつながりが浅かったという。
「アルバイト仲間のおばちゃんたちとのつながりは、老後をこの家で送るにあたってとても大きい。美味しいお店もそうですが、行事や行政サービスの詳細、助け合いの情報なども教えてもらえます」
地元でアルバイトを始めてから、近所のドラッグストアやスーパーで挨拶される機会も増えたという。
「顔見知りが多いと、住んでいて楽しくなるんですよ。カミさんの実家から送られてくる野菜も、それまでは腐らせて捨ててしまっていたのに、職場に持っていけば、誰かが持って帰ってくれる。そういうことも嬉しいんですよ。定年後は地元でアルバイトしたほうが絶対にいいと思います。仕事には人となりが現れる」
とはいえ、最初は勇気が必要だったという。なぜ、そこを突破できたのだろうか。
「カミさんが、“雇ってもらえるだけありがたい、と思ってニコニコしていればいいのよ“と教えてくれたから。あとは、最初のうちに要望を言わないこと。面接時に“妻の仕事がない日は休みます“なんて正直に言ったら、採用されないから」
生活支援員の仕事では、老いの心得のようなものを掴んできたという。
「先日、担当している89歳の男性のところに言ったら、座ったり立ったりしているんですよ。“どうしたんですか?”と聞くと、“自分でトイレに行く練習をしている。施設に行っても、絶対にオムツはつけない”と。最後までトイレに行きたいと力強く話してくれました。それが尊厳ということの一つであり、自分がそれを維持することが大切なんだと。でもそんな男性だから、なかなか特別養護老人ホームの空きが回って来ないんですけれどね、きっと」
あとは、介護サービスは今のところしっかりと運営されており、過度に老後を不安がる必要もないことに気づいたという。
人は人から学び、気付かされる。定年後の人生に正解はない。だからこそ、自分が何を求めており、今後をどう生きたいか、選び、行動することが大切なのだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。