キャリアの最晩年で、後輩に再会

60歳の定年後、再雇用された豊夫さんは、部長として持っていた権限と責任をはく奪され、「そこにいて、仕事をさせてあげる」という状態で働いていた。最初の半年はプライドを傷つけられ、葛藤もあったけれど、まだ幼い娘のために「雑用をするオジサンになろう」と腹をくくったのだという。職場の人々も”元部長”として豊夫さんを立ててくれた。

「退職するまで、“俺がいたからこそ、仕事が回る”と思っていたこともあったけれど、ウチみたいな大きな会社は、仕組みで回っている。会社も“法律で義務付けられたから働かせてやる”という雰囲気も流れている。私は、ただ、金がない。目の前に金はあるけれど、それを食いつぶして生きるとなると、いくらあっても足りない。65歳まで会社にしがみつこうと思ったんです」

つつがなく3年が過ぎた。豊夫さんが役職定年後に配属された部署の上司は、豊夫さんを立ててくれた。パソコンの画面で書類を見るのが苦手な豊夫さんのために、資料をプリントアウトしたり、チャットでのやりとりとは別に、声掛けもしてくれた。しかし、3年目にかつて「鍛えてやった」後輩が上司になる。

「もう辞めたと思っていたんです。奴は“ホントにお世話になりましたね。おかげさまで”とにっこり笑った。そのときに嫌な予感はしたんです。聞けば、後輩は九州で目覚ましい成績を上げ、西日本の事業所を中心に組織の立て直しを成功させて、本社に戻って来た。50代になっても相変わらずヒョロヒョロでしたよ」

後輩は「無駄を省きましょう」と号令をかけ、豊夫さんへの紙資料の配布や声掛けをやめさせた。飲みにケーションもなくなり、部内の会話も減った。豊夫さんはそれが不満だったが、周囲はそのほうがいきいきと働いている。結果よりもプロセスが重視され、失敗も成功も皆で共有された。

「がむしゃらに働かなくても、結果が出るなんてことはありえないと思っていたんです。でも、出るんですよ。後輩は私にチャットでのコミュニケーションを強要し“なんでこんなこともできないんですか?”という態度で接してきた。仕事をはく奪されて、一日中ボーッとしなければならないことも多かった。権限がないから何もできないんですよ」

会社の功労者として一応、尊重されていた空気は一転し、お荷物扱いになった。

「奴は私に復讐をしたんですよ。もう、こんな職場にいられないと、会社を辞めることにしました。もう今だから言いますが、人事は全く慰留しなかった。時代が変わっていることを感じました」

豊夫さんは「私は老後貧困にまっしぐらですよ」と言う。今はそれなりにお金がある。しかし、娘は11歳だ。これから、高校、大学と進学し、莫大な教育費がかかる。

「教育費の無償化がされると言われていますが、そんなに社会は簡単には変わらないと思うんです。加えてマンションの管理費、固定資産税に年間50万円以上かかり、介護保険や税金も支払わねばならない。老人介護施設にいる89歳の父親への仕送りだってバカにならない」

加えて妻は、自分が成し遂げられなかった「俳優になる」という夢のために、娘を児童劇団に入れた。歌や演技のレッスンにお金がかかるが、妻は夜の仕事しかしたことがない。娘がいる今は再就職も難しく、妻に収入はない。

「妻はいい大学を出ているんですよ。女優など目指さずにふつうに生きていればよかったのにね。娘をデビューさせたい気持ちもわかるけれど、金がかかる。これから年金を受給したとて、まかなえるとも思っていない。妻には節約をお願いしているが、大根や人参の皮できんぴらを作ったって賄える額ではない。今思えば、最初の結婚で得た2人の息子に金を払い過ぎた。八方ふさがりなんです。妻から“なんで会社をやめちゃったの? 昔のあなたは輝いていた”と言われるたびに、この世からいなくなりたくなる」

老後貧困の取材をしてきて感じるのは、それまでの“ツケ”が老後に出るということだ。お金がなくても幸せな人もいれば、豊夫さんのように目先に2000万円あっても不幸で不安な人もいる。

結局、お金とプライドで世界とつながっていると、人は不幸に陥りがちということだろう。配偶者との関係、「助けて」と言えるかどうか……豊夫さんがこのままの生活を続けていては、5年後に経済は破綻する。それまでに何ができるかは、自分で開拓していくしかないのだ。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などに寄稿している。

1 2

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2025年
1月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

「特製サライのおせち三段重」予約開始!

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店