取材・文/沢木文

親は「普通に育てたつもりなのに」と考えていても、子どもは「親のせいで不幸になった」ととらえる親子が増えている。本連載では、ロストジェネレーション世代(1970~80年代前半生まれ)のロスジェネの子どもがいる親、もしくは当事者に話を伺い、 “8050問題” へつながる家族の貧困と親子問題の根幹を探っていく。

* * *

急激に進む少子高齢化で2021年に「高年齢者雇用安定法」が改正された。これにより、65歳までの雇用確保義務に加え、70歳までの就業機会の確保が努力義務となった。さらに 2025年4月からは継続雇用制度の経過措置が終了し、企業側は希望する労働者全員を原則雇用しなければならなくなるのだ。

これに対し、豊夫さん(64歳)は「再雇用で嬉々として働けるのは“いいひと”だけ。俺も65歳まで働きたかったけど、途中で辞めたから金に困っている」と語る。豊夫さんは前妻との間に2人の息子がいたが、離婚。17年間にわたり約3500万円もの養育費を払い、その責務が終わった52歳のときに、今の妻(当時40歳・現在52歳)と知り合い、娘(11歳)を授かる。育児疲れで役員のポストを逃した豊夫さんは、定年退職後の再雇用で働いていたが、一年前に退職する。それはかつて豊夫さんがパワハラをしていた後輩が上司になったからだった。

【これまでの経緯はこちら

「飲めない奴は営業ではない!」

再雇用の65歳まで働いていれば、月30万円程度の収入を得ながら、それなりにゆとりある生活ができていたはずだったが、今は不安とともに生活をしているという。

「サラリーマンほど移ろいやすい存在はない。彼……いや、奴が新卒で入ってきたときに、“なんだこのモヤシ野郎は”って思ったんです。ウチの会社はトップレベルの私大だって入れないのに、そいつは中の下の私大だった」

豊夫さんは、最難関レベルの私立大学の理工学部を出ている。その後輩と偏差値は10以上違う。

「さらに、そいつは酒が飲めない。声も小さくもごもごと話している。役員の縁故でもないらしい。正直、ウチの会社にいる意味が解らなかったが、光るものはあった。そこで、育ててやろうと思ったんです」

当時は学歴偏重社会だったこともあり、豊夫さんは愛の鞭を振るった。お酒が飲めないから飲酒を強要し、内臓を鍛えて「あげた」という。

「酒なんて、誰もが飲めないものだ。酒が飲めなければ営業ができない。ヤツを酒に誘ってやり、日本酒をコップ1杯一気させて、トイレに行くのを禁止しました。ひょろひょろで貧相だったから、居酒屋の大盛飯とみそ汁、から揚げなどを食わせてやったんです。私はバスケ部でインターハイに出たのですが、体を作るためにそりゃ食わされましたよ。大量に飯を食わせられた直後に運動させられて、コートに吐いたら監督にぶん殴られる。そうして強くなったんです」

しかし、その後輩は倒れ、救急車で運ばれた。

「軟弱なんですよ。ただ、何度も誘ってあげるうちに、酒を飲めるようになり、体も大きくなった。そうなると仕事が取れるようになる。ヤツに営業の若手MVPを取らせてやったのは私なんですよ」

豊夫さんのやっていることは、明確な暴力だ。もしかすると、後輩は死に至っていたかもしれない。

「そんなこと、あるわけがない。人類はずっと酒を飲んで生きてきたんだから。運動部以外の連中はそれがわからない。だから私が教えてあげていたんです。後輩はほかにも部内のレクに参加しないなど、なめた態度を取っていた。私が出す課題も無視したりして、“なんでこんなことができないんだ”と叱咤激励していましたよ」

その後、後輩は異動希望を出し、九州地方の営業所に配属になった。九州は酒席文化で知られている。豊夫さんは「俺が教えてやったことが生きる」と思ったという。しかし、後輩は明確な利点を数値で示すことにより、営業成績を伸ばしていった。1滴も酒を飲まないのに、契約が取れることがにわかに信じがたかったそうだ。

しかし、そんなことは一瞬にして忘れた。社員数万人規模の企業だ。豊夫さんの下には優秀な部下が付き、日々の仕事に忙殺されていた。

【「ホントに、お世話になりましたね」……次のページに続きます】

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