息子の老後は、お先真っ暗だと思う

正孝さんは老後の勝ち組みだと考えている。今、受け取ってる年金は月20万円を超えており、持ち家のローンは完済している。その持ち家も息子と同居する際に親戚に貸し、毎月5万円の家賃収入がある。

「やはり、大手企業に勤めあげ、定年を延長して65歳まで働いたことは大きい。厚生年金も満期で払っており、定年まで勤めれば退職金もそれなりに出る。なんだかんだあっても、ひとつの会社に勤めあげることは大きな価値がある。途中、リストラの嵐が吹き荒れても、ヘッドハンティングの誘いがあっても、何があっても会社に忠誠を誓った。仕事が好きなわけではないのに、会社一筋だったのは、それしかできなかったから。でも、特別な天才でもない限り、与えられた場でコツコツ仕事を続ければ、いいことがある」

貯金も5000万円以上あり、その額は増え続けているという。それなのに、お金にこだわり、働き続けることに執着する。

「お金はいくらあっても困らないし、最終的に頼れるのはお金だから。あとは息子のことだよね。あいつの母親は、私が仕事ばかりしていたから、男に走ったんだと思う。私はおそらく、女性がそんなに好きではない。妻がいなくなってからも、女性を求めたことはないんだよね。もちろん、男性も性的な対象ではない。息子を傷つけてしまった負い目があるから、こうして働いているんだと思う」

加えて、息子は自営業ゆえに、退職金も厚生年金もない。正孝さんが貯蓄を成功させた財形制度もない。

「仕事の仲間もいないしね……大企業にずっといたから、息子たちを見ていると危なっかしくて。何もしていないのに、楽天的で、子供みたいだよ。彼らの老後は私がみても、お先真っ暗なことがわかる。その日作ったパンを売ってご飯が食べられてよかったね、ではどうしようもない」

正孝さんは、「1斤5000円のパンを作って、ネットで売らないか」と持ち掛けても、息子たちは「そんなの作ったら、常連さんが離れる」と聞く耳を持たなかった。

「周りの人しか見ていない。小さな世界で完結しているんだよ。そういう人に、コロナのときに裏切られたことをもう忘れている。さらに、値上げ交渉も全然しない。私が給料をもらうのは、息子に目覚めてもらうため。でも、全然だめだね。目覚める気配はない。せめてお金だけ残しておこうと思ってさ」

正孝さんの意見を、息子は取り入れることが多いという。これは、正孝さんが企業研修で「アサーティブコミュニケーション」を学んだことが大きい。「アサーティブコミュニケーション」とは、相手の立場や意見を尊重しつつ、自分の主張を正確に伝える表現方法だという。

「自分のところの従業員にお金を出して、いろんなスキルを学ばせてくれるのは、会社ならでは。そういうことも含めて、私はよかったと思っている」

今後も、正孝さんは息子たちと仕事をしていく。大切なのは、仕事への執念と「少しでも儲けよう」という向上心だという。その気力が定年後の生活を左右するのかもしれない。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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