取材・文/沢木文
親は「普通に育てたつもりなのに」と考えていても、子どもは「親のせいで不幸になった」ととらえる親子が増えている。本連載では、ロストジェネレーション世代(1970~80年代前半生まれ)のロスジェネの子どもがいる親、もしくは当事者に話を伺い、 “8050問題” へつながる家族の貧困と親子問題の根幹を探っていく。
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受験生にとって、気温が下がっていくことは、入試日が近づいていることを意味している。毎年2月初旬に中・高・大学の入学選考試験が行なわれるからだ。今、「あと2か月ちょっと」と多くの親子が必死な状態にあるのが中学受験だろう。小学生向けの模試の開発・実施を行う企業『首都圏模試センター』の調べによると、2023年の中学受験生は前年を上回り、9年連続で増加し、首都圏の国立・私立中学校の受験者数は5万2600人だという。
「手取り34万円のサラリーマンに中学受験は向いていないと思う」とこぼすのは、政子さん(69歳)だ。政子さんは小規模な習い事サロンを主宰しており、同じ年の夫がいる。13年前に孫(男子・13歳)が生まれるまでは、2人でゆとりある生活を謳歌していた。
問題は長男とその嫁(ともに42歳)だ。嫁は元読者モデルの見栄っ張りで、息子はその言いなりだ。長男にお金を援助するうちに、「お金がいくらあっても足りない」という状況に陥っているという。
そして、今、困っているのは、1年前に長男夫婦の関係が破綻し、息子と孫が出戻ってきてしまったことだ。長男夫婦の関係を壊したのは中学受験。4人暮らしになってから生活の質は急落している。
家の経済状況とその子の学力に見合った学校に行くべき
政子さんは東京都心の商業エリアにある比較的裕福な家で生まれ育っている。
「実家は、明治時代から銀座で着物やそれにまつわる宝飾品を扱う商いをしていたんです。戦前の新聞とか、演劇のパンフレットを見ると、曾祖父とその父が経営していたお店の広告が残っていますよ。戦争ですべてを失ってしまい、祖父と父は不動産と食べもの関連の事業に進出。それが当たって、まあまあいい暮らしをしていたんです」
政子さんは、小学校から私立に行き、大学まで卒業している。それは、周囲の「それなりの家」の子供たちが、「そうしているから」その道を歩んだだけだ。
「今、格差社会と言われているけれど、そんなの私の子供時代のほうが、もっとすごかったから。社会保障も今みたいにしっかりしていないし、お金がない家の子が私立大学に行く道はそれほど開けていなかったんじゃないかな」
政子さんが大学に進学したのは、1970年代初頭だ。大学進学率について言及している政府白書『労働経済の分析―世代ごとにみた働き方と雇用管理の動向―』(厚生労働省・2011年)を見ると、大学進学率は1958年の 8.6%だったが、1976年には27.3%になる。内閣府の『男女共同参白書』(2021年)によると、現在の大学進学率は、女子50.9%、男子57.7%だ。
「それだけ格差がなくなったってことですよ。私の時代なんて女子の大学進学率は1割くらいだったんじゃないのかな。私が結婚するあたりまで、実家の羽振りはよかったってこと。祖父も父も、“これからは女性も学問をつけて、社会進出してほしい”という気はさらさらなかったと思う。それよりも“結婚を有利にするためのお稽古事”というような感覚が強かったんじゃないかな。それに、大学に行けば、似たような家庭環境の結婚相手を自力で見つけられますしね」
政子さんは、大学で夫(70歳)と知り合い、25歳で結婚。27歳のときに息子を産む。夫は裕福な勤め人の家で生まれ育ち、大学から入学した人だという。
「お義父さんは、大手企業の役員をしていたから、それなりのおうち。でも、事業をしているわけじゃないから、きっちりしている。身の丈に合ったつつましい生活をするんです。そんな夫のことをいいなと思いました。夫は大手企業に勤務していましたが、教育に関しては、“家の経済状況と、その子の能力に見合った学校に行く”という考え方。サラリーマンは限られた収入の中で生活をしなければならないので、一人息子は高校まで公立です」
とはいえ、都心の文教エリアで生活してるのだから、公立小学校・中学校のレベルは高かったという。息子は都立の名門校から、推薦で有名私立大学に進学し、食品メーカーに入る。
「そこであの女と知り合って結婚したんです。顔はかわいいんですよ。それに体がグラマラスというか、女っぽい。だから息子はコロッといっちゃった。目の光が“こすっからい”から、私も夫も大反対したんですけれど、押し切られました」
【嫁の一家は、親戚一同気に食わなかった……次のページに続きます】