「私は甘ったれている」と叱られたようにも感じた
がん遺族の家族会は複数ある。国立研究開発法人国立がん研究センターの最新データによると、2021年にがんで亡くなった人は38万1505人。男性の4人に1人、女性の6人に1人ががんで命を落としていることになるという。
「実際に行ってみたんですが、家族会は私には合いませんでした。仕切る人もいるし、お子さんを亡くされた方もいる。まだお子さんが小さいのに妻や夫を亡くした人などもおり、“子供なし夫婦なのに悲しむなんて、甘ったれている”と叱られたようにも感じて。私は気持ちを聞いてほしいだけのワガママおばさん。合わないから帰ろうとしたときに、淑恵さんから声をかけられたんです」
淑恵さんにも子供がおらず、夫がいない悲しみを抱えて生きていた。「もっとおばあちゃんになってから、この悲しみを感じると思っていた」「夫が先に死ぬという“まさか”が自分にも起こるなんて」など、当事者ならではの戸惑いや悲しみを共有した。
「しかも、淑恵さんはたまたま私と学校が一緒だったんです。都内の中高一貫の女子校で、それなりに余裕がある家の子が通うミッション系の学校です。在学期間はかぶりますが、お互いに全く面識はない。でも、当時の学校の話もできたし、主人の看病ができなかったこと、主人の死から半年たっても、家で幻を見ることなど、いろんなことを話しました」
夫のことを話しているとフェイスタオルがぐっしょりするほど泣いてしまう。淑恵さんは「月に1回、うちで会わない?」と提案してくれた。
「東京の郊外にある重厚なマンションで、100平米以上あるというんです。おしゃれな仏壇に白い百合が飾られていて、イケメンの御主人が笑っている。家にはふたりが旅行した海外の旅先や記念日のディナーの写真などが壁一面に飾られていました」
淑恵さんの夫は複数の会社を経営しており、副社長だった人に事業を承継することができた。淑恵さんは毎月、まとまった額のオーナー収入があり、生活にはゆとりがある。
一方、美保子さんの夫は個人でデザイン事務所を運営しており、収入は2人が食べるに困らない程度しかなかった。都心の古く狭いマンションはあるものの、当時無職だった美保子さんは、保険金と貯金でほそぼそと生活していくしかない状態だった。
「半年くらいは頻繁に会っていたかな。夜になって“あの寂しさ”が襲ってくると、電話をしたり。そうするうちにお互いに少しずつ元気になり、“旅行に行かない?”という話になったんです。旅行支援などを使って、月に1回、どこかのホテルに泊まって、お互いの主人の話をする。淑恵さんは旅のプランを立てるのが好きで、“私に任せて”というので、お願いしました。すると、伊豆にある1泊ひとり4万円の宿を予約。高くてびっくりしましたが、手配してもらった手前、キャンセルはできません」
当日、東京駅で待ち合わせて伊東に向かう。淑恵さんは当然のようにグリーン車の切符を出してきた。熱海までの片道料金は普通車自由席が3740円・指定席4270円、グリーン車は6540円。
「私は特急で行くと思ったんです。1時間40分で2000円くらいですし。私は新幹線も自由席しか乗ったことがありません。たった40分に、2800円も高く払うなんて、セレブの金銭感覚はすごいと思いました。“今回だけは”と乗ってみると、これが信じられないくらい快適。いつも、目的地まで“早くつかないかな”と思っていましたが、“ずっと乗っていたい”と思うくらい」
宿も快適だった。今までの安宿とは段違いのサービスと料理。掃除は行き届いており、シャンプーやボディソープはいいブランドのもの。あまりにも心地よく「主人と来たかった」とさえ、思わなかったという。
【贅沢の味に悲しみはまぎれていく……その2に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。