23年8月、厚生労働省は『毎月勤労統計調査/6月分』を発表。これによると、物価変動の影響を加味した「実質賃金」は前年同月に比べて1.6%減。15か月連続で前年以下が続いている。「額面」といわれる「名目賃金」が増えても、生活が苦しくなる状況が続いている。
しかし、旅行は花盛りだ。観光地は人にあふれ、渋滞や混雑で交通事情は悪化し、トイレ不足やごみが問題になることも。大手旅行代理店JTBは、2023年の夏休み期間の国内旅行で1人あたりの旅行平均費用が4万円になると発表。これは‘19年コロナ禍以前より約10%も高いという。
美保子さん(58歳・パート)は、「主人が生きていたころは、1泊2日で4万円は“高い”と思っていたけれど、今は“安い”と思うようになってしまった。浪費は加速するんです。老後費用が目減りしているとわかっているのに、いいホテルを選ぶようになってしまった」と語る。美保子さんはかつて、夫とともに青春18きっぷで国内を巡り、格安の民宿を泊まり歩いていた。彼女に贅沢の味を教えたのは、女友達の淑恵さん(60歳・無職)だった。
【これまでの経緯は前編で】
高級ホテルで1年ぶりに熟睡することができた
淑恵さんとの伊豆への1泊旅行は、熱海までの往復新幹線がグリーン車だった。熱海から在来線に乗り、タクシーで移動。ホテルは1泊4万円の高級旅館、昼食代まで含めると、約6万円だった。
「主人が生きていた頃の旅行は、在来線かウチの軽自動車で地元の漁港や道の駅などに立ち寄りながら、1泊1万円以下の民宿に泊まっていました。総予算は1万5000円くらい。淑恵さんとの旅の1/4の金額です。でも高いだけあって、本当に快適でした。いつものように主人の顔写真を立てて、話そうと思ったのですが、あまりにも快適で眠くなってくるんです。淑恵さんは“夜はこれからよ”と言うのに、布団に吸い込まれてしまった(笑)。主人が亡くなってから1年ぶりに熟睡しました」
朝、起きると淑恵さんは「一人で泊まると寂しいばかりだけど、美保子さんがいると楽しいわね。私も久しぶりに眠ったわ」と笑っていたという。
それからは、毎月のように淑恵さんのアテンドで、旅をしていたという。
「最初は関東近郊の温泉地でしたが、しだいに京丹波とか北陸とかにエリアを広げて、1回の旅の予算が10万円を超えるように。ただ、帰って来たときのひとりの家は寂しいんですよ。シンデレラではありませんが、魔法が解けたような感じ。主人がいないのに楽しい思いをしてしまった自分を責めてもいました。でも体って快楽に慣れるというか、1か月くらいすると、旅に出たくてうずうずしてくるんです」
淑恵さんに収入はない。貯金はみるみる目減りしていく。この1年で旅行代に100万円以上使ってしまった。
「でも、いいこともあったんです。淑恵さんと会うようになってから、気持ちが少しずつ上向いてきて、ひとまずパートに出ようと思うことができた。仕事をしていれば気がまぎれるじゃないですか。ただ、面接って厳しいんですね。私は夫の仕事を手伝っていたので、ちょっとしたソフトは使えるんです。でも、デザイン事務所のアシスタントは年齢で門前払い。知り合いの人にも断られて落ち込みました」
面接を断られると、「あなたの存在は無価値だ」と宣告されるような気になったという。しかし、背に腹は変えられない。
「お金をたくさん使うと、そういう強さも出てくるんだというのが、私の実感。そこは淑恵さんに感謝しています。いろいろ面接を受けるうちに、だんだんわかってきたことがあったんです。先方は求人広告に“週1回からOK”と書いているけれど、毎日来てくれる人を採用したいのだということ。私も体力に自信がないなどと言わず、“毎日でも来れます”“子供がいないので土日も働きます”と言い、あるファストフードチェーンに拾っていただきました」
【当たり前のように仕事を軽蔑され……次のページに続きます】