テレビ番組『ホンマでっか!?TV』ほか数々のメディアに登場し、積極的に発信を行う堀井亜生(ほりい・あおい)弁護士(46歳)は、これまでに2000件を超える離婚・恋愛トラブルを扱ってきました。今年2月に『モラハラ夫と食洗機』を上梓した堀井弁護士によると、とくに最近増えているのがモラハラによる熟年離婚の相談。
最終回となる今回紹介するのは、妻のモラハラとも言える言動に悩み、不倫を疑いだした夫のケースです。弁護士との相談で、すべての原因は不倫ではない事実が見えてきました。壊れかけた夫婦がとるべき最善の道を、堀井弁護士と考えていきましょう。
第1回「役職定年を機に家計に口を出す夫。妻が知る財産分与の現実と意外な結末」はこちら
第2回「退職金の半分を得てのんびり暮らすプランはなぜ泡と消えたのか?」はこちら
第3回「住む家がない、という現実――ふわっとした見通しでは生きていけない」はこちら
文/堀井亜生
誕生日祝いの花束を「匂いが嫌い、気持ち悪い」と投げつけた妻
不仲になった夫婦が熟年離婚を考える……。そのきっかけにはどんなものがあると思いますか? 不倫やモラハラ、長年のすれ違いが原因と思う方が多いかもしれません。
今回は、意外なところに原因があった、いわば熟年離婚“未遂”の事例についてお話しします。
会社員のD夫さん(49歳)は、2歳年下の妻と二人暮らしをしていました。
一人娘の長女はすでに就職して家を出ています。夫婦仲は良好で、休みの日は二人で外食や旅行に行っていました。
ところがある時から、妻の言動がおかしくなりました。
穏やかな性格だったのに、日常会話の中で、ささいなことで突然怒り出すようになったり、かと思えばいきなりけだるそうにしていたり、落ち込んだり……。
「機嫌でも悪いの? 嫌なことでもあった?」と聞くと、妻はまた怒り出してしまいます。
そんな中、妻の誕生日がやってきました。こんな時だからちゃんとお祝いして喜んでもらいたいと思い、D夫さんは仕事帰りに花束を買って帰宅しました。
すると妻は、「こんな色の花なんか好きじゃない」「匂いが嫌い、気持ち悪い」「私への嫌がらせで買ってきたの?」と怒り始めました。D夫さんがおろおろしながら悪かったと謝っても妻の怒りは収まらず、1時間以上も叫ぶように怒り続け、最後には花束を台所のシンクに投げつけてしまいました。
結婚して25年間、妻がこんな怒り方をしたところは見たことがありません。妻は自分のことが嫌いになったのだ……D夫さんは大きなショックを受けたのです。
弁護士との相談で見えてきた妻の「不安定」の原因
それ以来、ますます夫婦の間はぎくしゃくしてしまいました。食事をしていても会話はナシ。D夫さんが仕事から帰ると妻は横になっていることが多く、掃除や洗濯といった家事もやっていない時があります。
「手伝おうか?」……おそるおそるD夫さんが提案すると、「余計なことしないで!」とやはり怒り出す始末。D夫さんには何もできません。
習慣だった外食や旅行も、行きたいところを聞くと妻が「そんなのわからない」とまた怒り出すので、行けなくなってしまいました。
D夫さんは妻の不倫を疑うようになりました。妻には他に男がいて、自分が会社に行っている間にこっそり会っているのかもしれない。そう思うと、D夫さんへの態度が変わったことにも納得がいくし、妻が誰かとLINEをしているところも怪しく見えてきます。
D夫さんは悩みに悩んだ末、私の元へ相談にいらしたのです。
「妻の様子がおかしいんです、不倫しているんだと思います」と、D夫さんは打ち明けます。
事情を聞いていくと、D夫さんの悩みはほとんどが「妻の機嫌や体調が不安定になった」ということにあるのがわかりました。そこから不倫を疑い始めたというわけで、具体的な不倫の兆候は見られないようです。
更年期の症状に「これ、全部、妻に当てはまります」
この年代の夫婦の不仲の原因に、妻の更年期障害の話がよく出てきます。離婚の相談で、「40代後半ごろからどちらかが不機嫌やイライラを募らせるようになって夫婦仲が悪くなった」という話を聞くことが多いのです。
おそらく発端は更年期障害などの体調不良や気力体力の低下などのちょっとした不調だったのでしょう。しかしその変化にうまく対処できなかったことで夫婦仲が悪くなってしまうのです。60代の方からの相談で、「いきなり相手にイライラし始めた時期があって、いま思い返すと、あれは更年期だったのかも……」という言葉を聞くこともあります。そんなきっかけから夫婦仲が悪化した末、どちらかが限界を迎えて、離婚することになってしまう……というケースも少なくないのです。
D夫さんの話も、それと似たような印象を受けました。そこでD夫さんに、「不倫ではなく、体調の問題かもしれない」と伝えてみました。
D夫さんはその場でスマホを手に、更年期障害について調べ始めました。理由もなくイライラする、落ち込みやすくなる、まったく家事をやる気になれない時がある……。「これ、全部、妻に当てはまります」とD夫さん。不倫云々を問題にする前に、妻に治療を勧めてみると言って帰って行きました。
後日、D夫さんから筆者のもとに届いたメールでは――。
「更年期障害? はぁ!?」と最初は怒ったものの、本人も体調不良に苦しんでいたため、説得を重ねるとようやく通院するようになったそうです。すると薬の効果が出始めたのか、少しずつ妻の不安定な言動が収まってきたということでした。
「これでまた元通りにうまくやっていけそうです」という一文で、D夫さんのメールは終わっていました。
このように、更年期障害や病気といった心身の不調が夫婦の不仲の原因になることがあります。
年齢を重ねると、日々の暮らしの中で病気や体調の問題が大きくなってきます。それが夫婦の関係にも影響してくるというわけです。
まだ若いと思いがちな40、50代でひとつの山が来ると心得て
難しいのは、年齢によるこういった不調はいつの間にか進むものなので、心身の調子が悪いこと自体になかなか気づけない、という点です。何か調子が悪い、イライラする、なのに相手は気遣ってくれない……。そんな不満が募り、夫婦の気持ちがすれ違ったまま50代、60代に入り、熟年離婚に至ってしまうというケースも少なくありません。
夫婦で年を重ねていく時に、病気の問題を避けて通ることはできません。高齢になってから大きな病気になることは想定しやすいですが、実はこのように、まだ若いと思いがちな40代、50代の時点でひとつの山が来ることを知っておくと、中高年になってからの夫婦生活がうまくいきやすくなると思います。
体調が悪い時は、素直に相手に伝えましょう。そして、年齢によって体が思うようにいかなくなるのは相手も同じだと認識しましょう。40代、50代のうちからお互いの体を労わり合うことで、先の長い夫婦関係を穏やかに続けていくことができるでしょう。
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堀井亜生(ほりい・あおい)/弁護士。
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。
離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)などがある。