NHK『日曜討論』ほか数々のメディアに出演し、シニア世代の生き方について持論を展開するライフ&キャリア研究家の楠木新さん(69歳)。人生100年時代を楽しみ尽くすためには、「定年後」だけでなく、「75歳からの生き方」も想定しておく必要があると説きます。楠木さんが10年、500人以上の高齢者に取材を重ねて見えてきた、豊かな晩年のあり方について紹介します。

70代でイキイキ働く人たちの共通点

総務省統計局は、「統計からみた我が国の高齢者―「敬老の日」にちなんで―」と題したトピックスを2022年9月に発表。日本の総人口は減少しているにもかかわらず、65歳以上の高齢者の人口は3627万人と過去最多になっています。高齢就業者数は、18年連続で増加し、909万人と過去最多。また65〜69歳の就業率は50.3%で、初めて50%を超えています。雇用形態別に見ると、65歳を超えた非正規の職員・従業員は75.9%で、正規雇用の社員は圧倒的に少数派です。

これらの数値は日本の高齢化を反映したものなので、この傾向は今後も変わらないと思います。高齢者にとっては生活防衛の観点からだけでなく、働くことが刺激となり、人との出会いの場にもなるため、ますます仕事を続ける人は増えるでしょう。

私は、ここ10年ほど定年退職後の会社員の取材を続けてきましたが、先ほどの909万人という高齢就業者は二極化しているのではないかと判断しています。 

1つは、現役時代の仕事の延長線で、自己実現を目的に働いている人たちです。もう1つは、現役時代とは異なる仕事を現場でしている人たちです。

前者の例としては、現役時代の営業スキルを活かして、取引先の若手営業マンを指導する仕事に就く人や、今までの経理の仕事にFP(ファイナンシャル・プランナー)の知識を加えて中小・零細企業の社長に対する財務コンサルタントとして独立する人がいます。私の会社員当時のF先輩は、59歳で社会保険労務士の資格を取得して、定年後に独立。70代半ばの現在も数人の従業員を雇用しながら事務所を経営しています。

このグループは定年前からその仕事に取り組んで助走している人が大半です。

後者の現場の仕事で働いている人たちにも取材を重ねました。旅行会社で定年まで勤めたMさんは、早朝にスーパーの荷物の搬入の仕事に取り組みました。今まではデスクワークが中心で体を使って働くことは初めてなので、当初は気が進まなかったそうです。ところが実際にやってみると爽快感を得ることができて、生活リズムもついて健康診断の数値も良くなったと喜んでいました。

ネットで受注する印刷会社で働いていたAさんは、パートでやってくる様々な年齢の人たちと仕事の合間に交わす会話が楽しいと話します。長い金融機関勤めでは、決して感じることができなかった「自然体のいい気分で仕事ができることが何よりもうれしい」と語ってくれました。

現役時代にメーカー勤務だった男性Sさんは、退職後は人材派遣会社やハローワークに通うもなかなか仕事が決まりませんでした。気分的に追い詰められて悲観的になり、ようやく決まった仕事も想定より給料はかなり少なかったそうです。しかし働くことができる喜びを感じて精神的に安定したと言います。当時は収入のことばかり考えていましたが、支出を見直せば何とかなることがわかったと喜んでいました。

現場でイキイキと働く人たちの共通項は、目の前の仕事の「良い面」を見つけていること。自分の足元にある仕事や生活を楽しめることなのです。

70代以降は「職住接近」で生涯現役

先日、日本経済新聞を読んでいると、「シニア店員、コンビニで奮闘」という見出しの記事が目に飛び込んできました。自宅から近い店舗を選べるほか、体力や都合に合わせた曜日・時間帯で勤務できます。

記事では、都内で働く2人の事例を紹介していました。ローソンで働く70歳の女性は週に4日午後5時〜10時まで働いて、月収は8万〜9万円。「元気なうちはずっと働きたい」と話します。セブン‐イレブンで働く73歳の男性は月曜日から金曜日の午前8時〜午後4時までのシフト勤務で働いています。「仕事を任せてもらえることが働く喜びにつながっている」と語っていました。コンビニ側も自治体などと連携してシニア世代向けの説明会を実施しているそうです。

70歳を超えると、通勤に長い時間をかけないで職住接近で働く人が増えてきます。例えば、「シニア人材センター」で働く男性Kさんは、大手企業で定年まで働いて公的年金に加えて企業年金も受給しているので、働かなくても生活には困りません。

しかし、70歳を目前にして、家でゆっくりしている自分と、週に何日かでも働く自分のどちらが充実した生活なのかを比較した結果、自宅近くで働くという選択をしました。誰かの役に立ったり、誰かに求められたりすると感じることは、やはり大切なのです。

日々、趣味を中心に過ごしていた70代の知人男性Tさんは、昔の仕事仲間から手伝ってくれないかと声をかけられ、「地元で昔の経験が活かせると思うとワクワクしてきました」と喜んでいた姿も印象的です。さらに、がんで闘病生活を送った60代後半の男性も、仕事ができることがこれほど価値があることだとは思わなかったと自宅近くで働いています。働くことを中心にした生涯現役という考え方は、高齢者のあらゆる課題に対する「最強の処方箋」ではないかと、私は思うのです。

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楠木新(くすのき・あらた)
1954年、神戸市生まれ。1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長などを経験する。在職中から取材・執筆活動に取り組み、多数の著書を出版する。2015年、定年退職。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務める。現在は、楠木ライフ&キャリア研究所代表として、新たな生き方や働き方の取材を続けながら、執筆などに励む。著書に、25万部超えの『定年後』『定年後のお金』『転身力』(以上、中公新書)、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『自分が喜ぶように、働けばいい。』(東洋経済新報社)など多数。

 

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