コロナでお尻に火がついた

時間はあっという間に流れてしまう。娘は気が付けば44歳になっていた。

「夫には基礎疾患があるので、コロナのときに、もしものために財産の棚卸しをしようと、あれこれ整理していたんです」

夫は上場企業に勤務し、定年まで勤めあげているので、生活に困らない程度の年金を受給している。自宅は50坪以上ある一戸建てだ。さらに順子さん夫妻は両親から相続した不動産物件なども持っていた。

「それが、蓋を開けてみたら、全然価値がないんです。貯金はそこそこあるけれど、私たちが死ぬまでに使い切ってしまう。娘の人生を支える、お金を生み出すものがない。家も広く、私たちが死んだあと、娘が一人で住むには広すぎる。固定資産税や庭の管理費もかかります。住宅地だから、商売はできない」

娘のスキルである、ピアノで身を立てる選択肢はない。というのもいつの頃からか、ピアノをやめてしまったからだ。

「娘にこれからどうするかを聞いたら、わからないし、考えられないと言う。でも両親が死んだら、生活保護を受けなければ、死んでしまうとわかったようです。人に迷惑をかけてはいけないと教えたことが生きました。いろんな仕事の面接を受けさせたのですが、どこも不採用。仕方がないので、この8月から、主人が手伝っているNPOに週に2回、雑用係として入れてもらったんです。最初は気遣いはできないし、パソコンもできない。驚いた主人が、家で資料の作り方を教えていました。素直な子だからそれなりには、できるようになったみたいです」

それでも、社会人として“先を読む”ことができない。

「娘には、“私たちが死んだら、あなたは一人になる”と何度も言い聞かせて頑張ってもらっています。最初はあまりに仕事ができないので、主人の立場がないそうで、連れていきたがりませんでした。いい男性と出会いがあると思ったんですけれど、主人からそれどころの話ではない、と一蹴されました。でも、慣れるうちに、なんとかなるもので、今はそれなりに役に立っているようで、通っています。もっと早くそうすればよかった」

しかし、この団体も、夫が死んでしまえば、雇う義理がない娘はどうなるのか。往復に1500円近くの交通費を支給してまで払う価値があるか、今の経営者はシビアに見る。

現在の娘の時給は1050円。1日4時間、週に2回の勤務で、手取りは月3万円を切る程度。この仕事でくたくたに疲れてしまっているという。

「私たちが死ぬまであと10年、10年あればなんとかなると思います。今は心を鬼にして、“ママ嫌い”と言われても頑張っています」

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。

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