文/印南敦史
誰しもお金についての不安から逃れることはできないが、多くの人にとって、お金のあれこれを考えるのは難しいことでもあるだろう。
また、相応の知識を身につけたいという気持ちがあったとしても、学び方がわからないということだって考えられる(しかもそれは、人に聞きにくいことでもあるからなおさら厄介だ)。
そこで参考にしたいのが、『知らないと大損する老後の「お金」の裏ワザ』(荻原博子 著、SB新書)。なぜなら本書は、そういったお金に関する基本的な悩みを抱えた人のために書かれているからである。
「お金」のことは、知っているのと知らないのとでは、将来に大きな差がつきます。早めに準備しておけば、困ったことが起きても楽に乗り越えられるし、トクすることも色々とあります。
ここに書かれているのは、そのために、「最低限知っておきたいこと」です。
特に、「老後」に不安を持っている人は、今から正しく準備しておけば、それほど恐れることはありません。(本書「はじめに」より)
心強いのは、最後の一文ではないだろうか。なにしろ国は常々、「豊かな老後を迎えるためには投資をしなくてはいけない」と強調しているのだから。しかし実際には、投資を考える前にしなくてはいけないことがあるのだと著者はいう。
それは、いまある借金をなくすこと、そして借金がない人は、現金の貯蓄をしておくこと。
最低でも収入の1年分くらいの貯金があれば、失業しても、失業保険をもらいながら2年くらいは食いつないでいけるというのだ。つまり投資は、それができてから考えることだというわけである。
だが、だとすれば最初になにをすればいいのだろうか? この問いに対し、著者はこう答えている。不安のない未来を考えていくうえでもっとも大切なのは、いま、自分たちの家計がどうなっているのかを知ることだと。
たしかに現実がわからなければ、対処することは不可能だ。そこで、まずは“資産の棚卸し”をしなければならないというのである。
商売をしていらっしゃる方は、何が、どう売れているのかを調べなくては仕入れができません。ですから、定期的にどれだけの在庫商品があって、過不足はどうなのかなどを調べる「棚卸し」をしています。
これと同じように、家計でも、自分が持っている資産をチェックする「資産の棚卸し」をしてみましょう。
思いのほか借金がたくさん残っている、保険や投資商品が多い割には現金が少ないなど数字で把握できると、これから何をどうやって改善していけば、豊かな老後を迎えられるかが見えてくるはずです。(本書36ページより)
「資産の棚卸し」などといわれると難しそうに思われるかもしれないが、深刻に考える必要はなさそうだ。「資産の棚卸し」がすべての原点であることは間違いないが、この段階では現状を確認できればそれでいいのだから。
大切なポイントは、必ずひと目で見られるように書き出すこと。ノートなら見開きに、紙なら1枚に、すべてを書くのだ。
たしかに見開きに書いておけば、プラスの資産とマイナスの資産が一目瞭然になるはずだ。その結果、「まだ住宅ローンがかなり残っているから、これを減らすために、こちらの低金利の預金を取り崩して繰り上げ返済しよう」とか「保険が多すぎて、貯金ができていない」「投資商品は多いのに、預金が少なすぎるから現金を増やそう」など、いろいろなことが明らかになる。したがって、改善点が検討しやすくなるのである。
なお、もうひとつ大切なことがあるようだ。「財産の棚卸」は、必ず夫婦もしくは家族で行うようにするべきだというのである。
「配偶者や家族に財産の現状を知られるのは気が引ける」という方もいらっしゃるかもしれない。正直なところ、私のなかにもそういう気持ちは少なからずある気がする。
だが家族が家族である以上、みんなが家計の状況を知り、危機意識を共有するべきなのだ。そうすれば、各人がどうすればいいのか、家計についての話し合いの土壌が築けるからだ。
家計は、誰かにおんぶに抱っこでは改善されません。共通認識を持ち、みんなが参加して運営すべきものです。ある程度の年齢になったら、子供たちも自分達が暮らす家の家計について、ある程度まで知っておくべきでしょう。(本書37ページより)
長らく仕事一筋できた男性の場合にとってはとくに、耳の痛い文言かもしれない。しかし耳が痛いのは、それが的を射ているからにほかならない。だからこそこの機会に意識を変え、配偶者や家族と力を出し合いながら、よりよい老後を実現することを目指すべきではないだろうか?
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本書には文章だけでなく、マンガも多く挟み込まれている。そこに登場するのは、どこにでもいそうな、やさしく平凡な一家。彼らの生活を通して、お金についてのさまざまな提案をしているのである。したがって、気楽にページをめくってみるだけでも多くの気づきを得ることができるだろう。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。