101歳のいまも活躍する現役の日本最高齢ピアニスト、室井摩耶子さん。自分らしく、幸せに生きるコツは、「わたしという『個』、わたしの『心とからだ』の声に従ってきたから」だと言います。そんなマヤコさんの生きる指針をご紹介します。「人生100年時代」と言われるいま、将来の暮らしに漠然とした不安を持っている方のヒントになるはずです。

文/室井摩耶子

100歳だから、しょうがない

「マヤコはいつも元気です」と申し上げたいのですが、さすがに100歳を超えると(なぜかと口にしたくないのですが)、からだのゴキゲンは自分の思うようになりません。すぐに勝手に機嫌を悪くします。

そういうときは無理せずに横になっててくださいね、と周囲は言いますが、そんなの面白くありません。わたしの中には、「あーしたい」とか、「こーしたい」という想いが溢れていて、走って行きたいくらいなのですが、からだが「ノー! ノー!」と言って動いてくれません。もちろんイライラします。

実際、少し前までは、「マヤコ、何してる! しっかり!」と自分に向かって腹を立てていました。

でもこのごろは違います。「100歳だからなー、しょうがないのね」と呟くようになりました。100歳を過ぎて得をしたな、と思うのは、こう自分に納得できるようになったことです。「老い」って便利ですね。

老いを嘆いても仕方ない

「老い」についての嘆きを並べ立てたら、風呂敷一枚じゃ足りなくなるかもしれませんが、嘆いたところでどうなるわけでもありません。

「あと10歳若かったら……」なんて考えるだけ、時間の無駄です。わたしは、「あるがまま」を受け入れて、「それならどうする?」と考えます。目の前には「いままでと違うわたし」がいるのです。そう考えると、何か新しいことが始まるような気がしませんか?

同業者のピアニストの中には、「楽譜が覚えられなくなったから」という理由で、引退する方がいます。でもわたしは違います。「暗譜が不安なら、譜面を置けばいいじゃないの」と考えます。リサイタルのときに、プロのピアニストが譜面を置いて弾く。きっとこのことに、プライドが許さないのでしょう。

ですが、本当に大事なのは、「何を表現するか」じゃないかしら? だったら楽譜を置く、置かないは些細なことです。

若いころには戻りたくない

うろ覚えのことですが、随分前に(まーーーーーーーーえーーーーというぐらい前ですが)、リヒテルが「なぜ譜面を見ながら演奏なさるのですか?」と訊かれたとき、「作曲家の意図したことを落としたくないからだ」と答えていました。

「20世紀最高のピアニストのひとり」と称された、あのリヒテルでさえ、あえて楽譜を置くのです。暗譜することが一大事じゃないことがおわかりよね。もっとも、「かつて覚えていた」のに、いまは「覚えられない」というのがショックなのでしょうけれど。でも仕方ないじゃない? それが老いるということなのだから。

「若いころに戻りたいですか?」
こんなことを訊いてくる人もいます。失礼ね。

わたしの答えは、いつも決まって、「いいえ」

決して強がりではなく、若いころに戻るなんてまっぴら。だって20代のころの何も知らなかったわたしに戻ってどうしろというの? いまのわたしを作っているのも、ピアノから音を奏でているのも、これまで積み重ねてきた年月があるから。こんな貴重なものを捨ててまで、若くなるなんて、そんなもったいないこと、できません。

年を重ねて得たものと、失ったもの。わたしは年々、得るもののほうが大きいことを実感しています。

* * *

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室井摩耶子(むろい・まやこ)
大正10年4月18日、東京生まれ。6歳でピアノを始める。東京音楽学校(現・東京藝術大学)を首席で卒業後、同校 研究科を修了。昭和20年1月に日本交響楽団(NHK交 響楽団の前身)演奏会でソリストとしてデビュー。昭和30年、映画『ここに泉あり』にピアニスト役(実名)で出演。昭和31年にモーツァルト「生誕200年記念祭」に日本代表としてウィーン(オーストリア)へ派遣され、同年、第1回ド イツ政府給費留学生としてベルリン音楽大学(ドイツ)に留学。以後、海外を拠点に13カ国でリサイタルを開催、ドイツで「世界150人のピアニスト」に選ばれる。59歳のとき、演奏拠点を日本に移す。CDに『ハイドンは面白い!』など。平成24年、新日鉄音楽賞特別賞を受賞。平成30年度文化庁長官表彰。令和3年、名誉都民に選定される。101歳のいまも活躍する現役の日本最高齢ピアニスト。

 

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