取材・文/坂口鈴香

沢村寛之さん(仮名・60)は、20年ほど前に独立しコンサルティング事業を行っている。忙しい生活だったので、家事のほとんどは二人暮らしをする母、恒子さん(仮名・86)に任せっきりだった。恒子さんは快活で友人も多かったが、2年ほど前から「なんだか変だ」と感じることが増えていた。

「洗濯物が変なところにしまってある、テレビのリモコンがなくなる、というようなことがたびたび起きるようになりました。認知症かもしれないと思い、駅前に看板を出していた認知症専門をうたうクリニックを受診しましたが、医師からは特に診断名も言われず、生活上の指導や助言をされたこともありません。惰性で毎月薬をもらいに行っていたようなものです」

恒子さんに火を使わせるのは危ないので料理はさせないようにしたものの、掃除や洗濯、買い物などの家事は問題なくできていた。ただ沢村さんは毎日帰宅が深夜になるので、恒子さんが一人でいる時間が長いのが心配だった。介護認定は受けていたが、要支援だったので望むような介護サービスは期待できない。介護認定を受けなおしたところ要介護1と認定され、デイサービスを増やすことができた。

無気力になった母。ウツを疑った

こうしてしばらくは日常生活に大きな支障もなく過ごしていたが、急に恒子さんの様子がおかしくなったのは半年ほど前のことだ。

「隣にスーパーがあって、毎日のように買い物に行っていたのに、まったく行こうとしなくなりました。やる気がなくなって何もしたくないと言ったり、下を向いて黙り込んでいたりするんです。これはウツっぽいなと感じました」

恒子さんは耳が遠くて、コミュニケーションもよく取れない。ストレスが溜まって、気分が沈んでいるのかもしれないと考えた。

それからしばらくすると夜中に起き出して、仏壇を拝むなど不穏な様子が見られるようになった。沢村さんもそのたびに起こされるのでゆっくり眠ることもできない。仕事にも支障が出ることが予想されたため、かかりつけのクリニックで恒子さんの薬を増やしてもらった。

ところが、半月ほど経ったある朝4時ころ、恒子さんが起き出したと思ったら、突然大声で叫び出した。近所にも聞こえてしまうと危惧するほどの暴れ方だった。

「寝不足だったこともあって、母の異変に私もパニックになってしまいました。とにかく静かにさせないといけないと焦って、母を押さえつけてソファに座らせました。叫び続けていたので、声が近所に聞こえないように母の頭から毛布をかぶせたんです」

1時間ほどすると、恒子さんがようやく落ち着いた。押さえつけたときにできたのか、恒子さんの目には青アザができていた。

虐待と決めつけられ、母と引き離された

沢村さんは、かかりつけのクリニックが開くのを待って恒子さんを受診させた。

「医者は『入院させるしかないでしょう。でも状態は悪くなるだけでしょうね』と突き放すような言い方で、家族の気持ちもわからないのかと腹が立ちました」

ケアマネジャーにもこの経緯を話して、クリニックに来てもらった。ケアマネジャーから連絡が行ったのか、地域包括支援センターの職員も同行していたという。

沢村さんがケアマネジャーに、「こんなことが続くと怖くて夜も寝られない。このひどい暴れ方は、脳に異常があるのかもしれない」と訴えると、ケアマネジャーは病院を紹介して、検査を受けたうえでしばらく恒子さんをショートステイに預けてはどうかと提案した。

「でもその時点で、ケアマネジャーと地域包括支援センターの職員は、二人でコソコソ話をしていて非常に不愉快でした。どうも私のことを虐待案件として見ているようでした。私と母の関係性もわかっていないのに、一方的に虐待と決めつけているんです」

病院での検査結果は「問題なし」。そしてそのまま恒子さんはショートステイ先の特別養護老人ホームに連れて行かれてしまった。

「一刻も早く私から引き離さないといけない、といった感じの強引さでした。母は認知症で、それでなくても夜中にせん妄のような状態になって精神状態が不安定なのに、何の説明もなく施設に連れていかれたら、より混乱してパニックになるかもしれないし、認知機能だってさらに衰えるかもしれません。耳も遠いので、私から母に説明させてくれと言っても『ダメ』の一点張り。コロナだから家族は一切面会もできないと言う。夜中のせん妄を考えると、ショートステイで預かってもらうことはありがたい。決して反対しているわけではありませんでした。ただ説明させてほしいと言っているだけなのにあまりに強引なやり方です」

ショートステイは5日間の予定だった。施設からは「もっと延ばしませんか」と促されたが、不信感が募っていた沢村さんは断ったという。

母親への虐待を疑われた息子【2】につづく。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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