「女としても認めてほしい」と言われた夫が下した決断
その後の食事は全くのどを通らなかった。
「夫も好子さんも気を使ってくれるのはわかるけれど、共通の話題がない。呼ばれていない結婚式に列席しているような気分でした。夫は私に見せたことがないような表情でいきいきと語っている。2人の練習を私が見る限り、十分上手いと思うのに、それでもアマチュアの競技会に出るのには、全然テクニックが足りないという」
夫は家でも競技会の動画を観ている。それはどこかの体育館でシニアのペアが何組も踊っている様子だった。素人目にもダンスにキレがあり、美しいことがわかる。
「ダンスに夢中になる夫を見ていると悲しくなり、娘の家に行き、泣きながら事情を話したんです。すると娘は“ママはパパをダンスに取られて泣いているのね”と言う。そう言われて気づいたのですが、私は夫と好子さんの両方が私から去ってしまったことで悲しみを覚えていたんです。しかも2人には、競技会に出場するという共通の目標がある。私と夫との間に共通の目標はなく、加えて、自分が夢中になれるものが何もないことがわかって悲しくなっていたんです」
美津さんは気落ちして、食事量が減り、体重が7キロも落ちてしまった。
「それから1か月後、夫は“ダンスはもうやめたよ”と言ってきたんです。“あんなに頑張ったのに、もったいない”と伝えたら、“もういいんだ”と言う。好子さんに電話しても出ない。LINEで連絡すると、“ちょっといろいろね”と返事が来て、それから既読無視になってしまったんです」
その後、夫から事情を聞くと、好子さんは美津さんの夫を好きになってしまい、男女の関係を迫ってきたという。
「夫は継母に育てられているのですが、実の母がとても奔放な人で、男性関係にだらしない人に対して、嫌悪感があるんです。だから、好子さんのアプローチが受け入れられなかった。”女としても認めてほしい”と言われ、それをはっきりと断ってからは、ダンスに不協和音が生まれ、“このままではダメだ”と思ったそう」
夫は容姿端麗で若々しい好子さんに迫られて、悪い気はしなかったのではないか。
「たぶんそうだったとは思うんですよね。それにつけても、好子さんって、30年間、友達の夫に手を出そうとするような人じゃないと思っていたんです。私ものんきで人を見る目がない。男と女の前で態度を変える人っているんだな……って。そのことを娘に話したら、“あら、ママだって、若いイケメンの前では声が高いじゃない”って(笑)」
シニアの不倫を取材していると、知り合い同士で行われていることが多々ある。川柳の一節に「知らぬは亭主ばかりなり」とあるが、「知らぬは女房ばかりなり」というケースもよくあるのだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。