中村君が私のことを好きだったから

常連さんが少ない午前中に喫茶店に行き、ママとおしゃべりして帰ろうとしたときに、たまたま一人だけいた常連さんから、話しかけられた。それで、なぜ可乃子さんが村八分にされたか、理由がわかってきた。

「花子さんが私についてあることないことい言いふらしていたの。ネットワークビジネスにハマったとか、波動のお水がどうたらこうたらとか……事実無根なんだけれど、何度も何度も話すうちに、みんなが信じちゃうのよね」

みんなが信じてしまうのは、理由があった。それは花子さんが可乃子さんの親友だったから。

「私、花子さんのことを本当のお友達だと思って、いろんなことを話してしまったの。野心家だった両親のこと、夫にはかつて奥さんがいて私と結婚するために離婚したこと、娘が私と同じことをしたこと、息子と私は血がつながっていないこと……私も花子さんからいろんなことを聞いた。女の人生は一筋縄ではいかないって、お互いに戦友のように思っていたのに、私の人生を悪意を持って切り取って、拡大してベラベラと話していたの」

ひとつの事象は、全体で見ればそれなりに調和がとれているが、悪い部分を悪意をもって切り出すと醜怪そのものになる。ではなぜ、3年以上培われてきた花子さんと可乃子さんの友人関係が歪んでしまったのか。

「それは、中村君の存在。中村君は昔から私のことを好きだったんだって。温泉旅行もホントは私と2人で行きたかったらしいの。それを聞いた花子さんは心の中で怒り、嫉妬したらしいのね」

65歳で性的な関係を持ったり持とうとしたりすることは自然なことだ。しかし、可乃子さんはそうではない。

「体力的にも気持ち的にも不可能。もともと潔癖なところがあるし、男が気持ち悪いのよ。それに私は恋愛する男はうんと年上で父親みたいな人で、“冠”がついていないと嫌なの。主人は社会的地位が高く優しかったし、未来につながる科学ジャンルの名誉ある賞を受賞していた。学者貧乏で贅沢はできなかったけれど“冠”のほうが大切なの。中村君はそういうものは持ってはいない。友達としてはとても大好きだけれど、関係を持ちたくはない」

しかし、花子さんは中村君に迫った。家まで押しかけ、長文のLINEを送りつけた。そして、可乃子さんだけでなく、恋のライバルと思しき女性を、中村君から遠ざけようとした。

「花子さんは、“私は女として終わってるから”ってカラカラ笑って、豪快で明るくて……中学時代からサバサバしていてカッコよかったのよ。それなのに、中村君に夢中になってしまって、こんなことに。私も過去のアレコレを言いふらされて、喫茶店に行きにくくなってしまったし、緩やかなつながりから抜けざるを得なくなってしまった」

“老いらくの恋”というと、男性が若い女性を好きになってしまうことを連想する。しかし、そうではないこともある。恋のためになりふり構わなくなった女性も存在する。可乃子さんは「あそこまで心を割って話さなければ、ここまで寂しい状況にはならなかった」という。秘密は秘密のままにしておけばよかったと思っても、後悔先に立たずなのだ。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。

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