取材・文/沢木文
「女の友情はハムより薄い」などと言われている。恋愛すれば恋人が、結婚すれば夫が、出産すれば我が子を優先し、友人は二の次、三の次になることが多々あるからだろう。それに、結婚、出産、専業主婦、独身、キャリアなど環境によって価値観も変わる。ここでは、感覚がズレているのに、友人関係を維持しようとした人の話を紹介していく。
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寿美子さん(63歳)は、東京都の市部にある上品な住宅街に30年近く住んでいる。義両親の遺産を受け継ぎ、海外旅行の楽しみを知った矢先にコロナ禍が襲う。その後は専ら観劇を楽しむようになったが、現在は悩みだらけの毎日を過ごす。
【これまでの経緯は前編で】
ある歌劇に興味を持ったことが発端だった。
歌舞伎や現代劇は時間も長く難解、2.5次元舞台は、チケットの争奪戦が激しい。徹頭徹尾娯楽として見られる舞台はないものかと探しているときに、ある歌劇の存在を知る。
「その舞台は女性しか出ておらず、夢のように美しいとは知っていました。ただ人気が高く、チケットを取るのが難しい。そんな話をご近所さんに立ち話ついでにしたら、“Sさんが昔からのファンで、彼女にチケットを取ってもらったって話を聞いたことがあるよ”と教えてくれたんです」
Sさんは寿美子さんの自宅がある街でも有名な名家の妻。親戚には代議士もおり、夫は士業で活躍している。ひとり息子は医師という絵に描いたようなセレブ家庭だ。
「Sさんは私と同世代で、20年以上前、息子の少年野球でも親しくしていただいた。その後もちょくちょく会っており、町内会の集まりで会うこともあり、チケットを頼みに行ったのです。すると“あら!一緒に行きましょうよ”と言ってくれて、1週間後に観劇に行ったのです」
舞台は絢爛豪華で夢の世界だった。全てが美しく、歌とダンスの安定感があり、スターはキラキラと輝いていた。理想の世界がそこにあったと感じた。
「すべての役者さんが女性の理想を体現しているんです。舞台に出てくる男も女も本当にまぶしくて素敵でしたが、私はハマるまではいかなかったんですよね。“また観たい”とは思いましたが、Sさんのように地方公演まで追っかけをしたいとは思わなかった」
Sさんは寿美子さんが追っかけをできるほどの経済力があることを知っている。しきりに観劇の道に誘おうとした。
「DVDを貸してくれて、パンフレットもくれた。そして、高級なケーキとお茶を用意してくださって、近所のファン仲間と過去の舞台の上映会まで開いてくれたんです。見れば見るほど美しいことはわかりましたが、私はもっと人間臭い“芝居”が好き。それでも従来の空気を読むクセから、“また観たい”とか“ずっと観ていたい”などと周囲に話を合わせてしまったんです。その言葉を真に受けたSさんは、かなり頻繁に観劇に誘ってくるようになりました」
【Sさんは寿美子さんの人柄が好きで「よかれ」と思ってやっていた~次のページに続きます】