息子は見て見ぬふり
信子さんは熟年離婚を考えている。それは夫の不倫を黙認し続け、2人の息子を育て「もういいかな」と思ったこと。そして、現在90歳の母親からの遺産が入るかもしれず、経済的な見通しがついているからだ。
「倹約家だった母は、まとまった額の現金を私に残してくれそうなんです。私には兄がふたりいて、1人はがんで、1人は事故で亡くなっている。先日、1年ぶりに母が入居している介護施設に行ったら、弁護士と母が待っていて、遺産の話をされたんです。欲しいものを何一つ買ってくれなかったので、ウチは貧乏だと思っていたら、思いがけないお金があり驚きました。それなら離婚してもいいかな……って」
とはいえ、その額は1千万円程度。信子さんが母親と同じ90歳まで生きるとして、あと18年間の生活費が賄える額ではない。冷静に考えると、夫との婚姻生活を続けていた方が老後貧困に陥る心配はない。ただし、それは夫から嫁に金が渡らぬよう、キャッシュカードを取り上げなければならない。夫と嫁の疑似恋愛……これを続けていたら、老後貧困は目に見えている。
「次男が“実家に帰ってもいいか”と言ってきたんです。次男もバカじゃないから、実の父親と自分の妻の関係をうすうすわかっている。それを踏まえて“金づる”として夫を使おうとしているんじゃないかなって。コロナ禍で、次男が役員として勤務する会社は青色吐息で、成果報酬型の次男の収入は推して知るべしってところですからね」
このまま進めば老後貧困になる。金遣いが荒い嫁、山師のようなところがある次男、学費がかかる孫……。
「この話をすると、“主人と話し合いなさい”と言われるんですけれど、主人に何を言ってもわかってくれない。長男に話せば何とかしてくれるとは思うのですが、迷惑をかけるわけにはいかない。親のために子供が犠牲になるのだけは、私たちの世代で終わりにしたいんです」
信子さんは団塊の世代だ。その親世代は、「個性と自由」を無視した富国強兵のための教育を受けている。しかし信子さん世代は、戦後の「個性と自由」を尊重する気風の中で多感な時期を過ごした。親は子にとって圧倒的な強権者だ。団塊の世代の人に話を聞くと、親から「愛の鞭」という名の暴力を受けている人は多い。
団塊世代の多くは、暴力に対する嫌悪感がある人が多い。そして、自分が受けた「個性と自由」を子供にも叶えさせてあげようとする。
しかし、現代の日本では、「個性と自由」には金がかかる。そのことを踏まえないと、親子で共倒れになる危険をはらんでいるのだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。