文・晏生莉衣

いつしか日本でも身近になったヴォランティア活動。自然災害の被害者への支援や復旧・復興活動をはじめ、今や各方面の社会貢献活動にヴォランティアの力は欠かせません。今夏の国際的スポーツの祭典「Tokyo 2020」もヴォランティアの方々の地道な働きによって支えられています。「ヴォランティア」という言葉を知らない、聞いたことがないという人のほうがめずらしいというデータもあり、日本社会にすっかり定着していますが、カタカナで書かれているのは、それが日本発祥のものではない外来語で、外来の文化にもとづくものであることを示しています。

“Volunteer”の語源 

初歩的なことですが、ヴォランティアは英語の“volunteer”のカタカナ表記です。でも、このvolunteerという単語は、英語本来の言葉ではなく、もともとはラテン語に由来しています。語根の “vol-” は、「私は~を望む」、「~しようと思う」という意味のラテン語 voloからきており、その派生語で「自由意志」を意味するvoluntas‎という名詞に、「~する人」という意味の英語の接尾辞の “-eer”が組み合わさってvolunteerとなったといわれています。ラテン語の語義と合わせて、「自発的に~する人」となります。日本語で使われている「ヴォランティア」には、元来、こうした意味があるのです。

日本でヴォランティア活動に興味を持つ人が増えていることもあり、ヴォランティア講座のようなものがよく開かれるようになっていますので、「ヴォランティアの語源はラテン語のvoluntas(ボランタス)」というように教わったご記憶がある方がいらっしゃるかもしれません。その語源について掘り下げてみると、上記のような流れになります。ただし、ラテン語ではv- はw-に近い発音になりますので、「ボランタス」ではなく、「ウォランタス」とするほうがより正しいカナカナ読みになります。

“Volunteer”のルート 

ここまでがvolunteerと語源のラテン語の関係ですが、volunteerはラテン語から直接、英語のヴォキャブラリーに入ったのではなく、フランス語を経由しています。なぜフランス語が混じっているのかというと、英語はもともとのヴォキャブラリーが少なく、フランス語から多くの単語を取り入れて発展してきたという歴史があるためです。ですから、英語の語源がフランス語にあるのはめずらしいことではありません。さらに、フランス語はラテン語を母語としていますから、英単語の語源をたどるルート上にまずフランス語があり、さらにさかのぼってラテン語にたどり着くのは、言語の発展の歴史からみると自然なことです。

わかりやすく図式化すると、

「ラテン語→フランス語→英語」

というパターンができるわけですね。

このように、volunteerという英単語は、ラテン語由来というだけでなく、より詳しくいえば、ラテン語を語源とするフランス語に由来するということになります。言い換えると、ラテン語を語源とするフランス語からの借用語として、英語のvolunteerが生まれたということになります。

ではここで、フランス語のほうに話を移しましょう。フランス語ではヴォランティアは “volontaire”といいます。ヴォロンテー(ル)というような発音になります。このフランス語は古くはvoluntaireと綴られており、これは、ヴォランティアの語源として先に出てきたラテン語voluntas‎の形容詞形として使われるようになったvoluntarius(自発的に)から変化したものです。

ちなみに、フランス語以外にもヴォランティアや自由意志を表す同じような言葉があります。イタリア語のvolontario(ヴォランティア、自発的な)、スペイン語のvoluntario(自発的な)、ポルトガル語のvoluntário(自発的な)と、ほんのちょっと違いがあるだけで大変似ているのですが、これらのヨーロッパ言語は皆、ラテン語から派生したロマンス語の諸語と言われる言語ですから、似ていても言語体系的に当然なのですね(【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編20】https://serai.jp/living/375315 参照)。「ヴォランティア」は英語圏のコンセプトと思われがちですが、こうした同義語の広がりをみると、もともとはヨーロッパ世界に共通した精神性であったことがうかがえます。

カタカナだけではわからない

さらに、フランス語ではもう一つ、ヴォランティアを意味するbénévoleという単語があります。フランスで生活しているとよく聞く言葉ですが、「親切な」「好意的な」という意味のラテン語 benevolus に由来します。「良い」「善い」という意味の接頭辞bene-と、先に出てきた「~を望む」「~をしたいと思う」という意味のvoloが結びついたもので、合わせて「善を望む」「良いことをしたいと思う」という意味になります。ヴォランティア精神そのものが言葉に美しく表現されています。

bénévoleは「善意の」「自発的な」という意味の形容詞としても使いますが、イタリア語のbenevolo(善意の、親切な)、スペイン語のbenévolo(親切な)、ポルトガル語のbenévolo (慈悲深い)など、これもまたとてもよく似た単語があります。

英語にも同じような単語があるのですが、おわかりになりますか? benevolenceとその形容詞形のbenevolentです。それぞれ、「善意(の)」「慈悲(深い)」「親切(な)」といった意味ですが、これはラテン語の benevolentia(善意、親切)に直接的に由来しているという説と、古いフランス語に由来するという両説があります。

一つのラテン語から変化してできた言葉はまだまだ挙げることができますが、たくさんありますので、今回はこのくらいにしておきましょう。外国語からの借用としてカタカナで書かれて日常的に使われる言葉が増える中、今回の「ヴォランティア」のように、知らないままで使っていた外来語の本来の意味がわかれば、その言葉に秘められた外国の文化や価値観に対しても理解が深まります。言葉のオリジンを心得た上で、次回はヴォランティアそのものの歴史について触れたいと思います。

* * *

ヴォランティアというテーマからはちょっと離れますが、外国語の語源を探ってみると、このように、英語のみならず多くの言語の言葉を知り、さらにその類似性にも触れることができて、面白い発見があります。英語を丸暗記する勉強法だけでなく、楽しみながら言葉の世界を広げていけるこんな学びもお勧めです。

文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外研究調査や国際協力活動に従事。平和構築関連の研究や国際交流・異文化理解に関するコンサルタントを行っている。近著に国際貢献を考える『他国防衛ミッション』(大学教育出版)。

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