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取材・文/柿川鮎子 写真/木村圭司

初代英国公使ラザフォード・オールコック(1809~1897年)は大の愛犬家で、スコティッシュ・テリアのトビーをつれて来日しました。

イギリス、ロンドン西郊のイーリングで生まれたオールコックは、初代駐日総領事(のちに公使に昇格)として知られていますが、もとはイギリス軍医として活躍していました。イベリア半島に赴任した際、リウマチに罹患して外科医としての道をあきらめ、外交官に転身します。

動物好きなイギリス人初代在日総領事

当時、イギリスはアヘン戦争で清に勝ち、植民地政策を推し進めていました。オールコックは1844年に福州領事に任命され、租界管理などの業務で手腕を発揮します。その腕を見込まれて、1859年3月1日、日本総領事に任命され、愛犬トビーとともに日本にやってきました。

サー・ラザフォード・オールコック(Sir Rutherford Alcock KCB、1809~1897年)は1861年、水戸藩士によるイギリス公使館の襲撃事件で命を狙われるが、寝室に隠れ、命拾いをする

オールコックの役目は、清と同じように日本を開港させて、イギリスの利益を得るための外交交渉を行うことでした。徳川幕府と厳しい議論を続ける毎日を慰めたのは、愛犬トビーと野鳥だったようです。

当時、江戸城の周囲は禁猟区となっており、周辺地域にはたくさんの野生動物が生息していました。人間が害を与えないと知って、ツルはオールコック一行を見ても平然としていて、飛び立ちもしません。「イギリス人がこれを見たら、くやしく思うだろう」と回想しています(オールコック著「大君の都」)。

動物好きのオールコックは日本人が野鳥を愛しているのを知り、その動物愛護精神に共感をおぼえたようです。そして、漆器やお盆など工芸品に描かれたツルの絵の美しさに、深く感動します。

オールコックは絵が得意で、日本人が描いたツルの絵に感動してスケッチを残している

開港を迫る外交官としてのオールコックは、日本の封建制度や官僚支配に怒りを抱く一方で、庶民の文化や風習には、理解を示します。そして、他の外交官は思いもよらない、旅行を決意します。日本人が霊峰とあがめる富士山を見ようと旅立ったのです。

幕府側の役人は難色を示し、途中でさまざまな妨害に入りますが、1860年9月11日、外国人としては初めて富士登山を成功させました。同行した愛犬トビーも喜んで走り回っていたことでしょう。

オールコックが描いた登山風景。山頂で二晩泊まった後、下山した

間欠泉による突然の事故死

帰りに寄った熱海の旅館で、トビーとオールコックは旅の疲れを癒します。その幸せな休暇の日々に、突然の不幸がやってきます。間欠泉のことを知らなかったトビーは、突然吹き出した熱湯から逃げ遅れ、火傷を負って死んでしまうのです。

「私欲のない愛情と信頼が失われてしまった」とオールコックは嘆き、悲しみます。この悲しみに熱海の人々は寄り添い、オールコックを感激させます。

“日本人のもっともよい気質のいくらかが、ひじょうに都合よく現れた。トビイは、わたしの召使たちのあいだに多くの友だちをもっていた。私の別当のかしらは、犬が死んだことを聞くとすぐにかけつけて、かご製の経かたびらに犬をつつみ、とむらいをした。(中略)あらゆる階級の一団の助手たちがあたかもかれらじしんの同族の者が死んだかのように、悲しそうな顔付きでまわりに集まってきた。(「大君の都」第21章、山口光朔訳、岩波文庫)”

トビーは固い針金状の被毛をもつスコティッシュ・テリアで、友好的な気質をもつ犬種です。米国ルーズベルト大統領が愛した犬種としても有名で、幕末当時の日本人の間でもトビーは大人気でした。突然の事故で亡くなったトビーを偲んで、たくさんの人々が集まり、葬儀を行ったのです。棺には好物だった豆を入れ、僧侶が読経すると、多くの人が焼香し、手を合わせて冥福を祈りました。

当時のイギリスでは犬が人と同じように葬られる習慣はなく、オールコックはたいへん心を動かされました。日本人は犬にも人と同じような墓をつくると知って、墓碑銘を作成して、熱海に残しました。墓石には「Poor Toby!(かわいそうなトビー)23Sept.1860」と記されています。

イギリス人として初めて犬の墓をつくった人となったオールコックですが、墓石の設置については幕府側官僚といろいろもめてしまい、「まったく不愉快」と激怒したと書き残しています。一方で、熱海の人々の思いやり溢れる行為については、長く心に残りました。

その後も「日本人は非常に野蛮で非道」と罵(ののし)りながらも、自分で買った高価な芸術作品をロンドン万国博覧会の日本展に出品したり、徳川幕府の遣欧使節団の渡航にも、協力してくれました。

オールコックが一定の理解をもって外交政策を行ってきた背景には、日本人、特に熱海の人々の動物愛護精神が影響していたように見えます。スコッチテリアのトビーは悲しい死をもって、日英の友好の懸け橋となってくれました。熱海の人々は毎朝、掃除のボランティア活動を行いながら、今でもトビーの墓を守り続けています。

文/柿川鮎子 明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

写真/木村圭司

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