取材・文/鈴木拓也

「くじら餅」と聞いて、皆さんはどんな餅を思い浮かべるだろうか? おそらく「鯨の肉が入った餅」をイメージする方が大半だろうと思う。

じつは、くじら餅には鯨肉は含まれていない。米粉、砂糖、くるみを主原料として、製品によっては小豆、みそ、しょうゆなどを加えた素朴な餅菓子である。外観は、ういろうや羊羹を思い起こさせる。

くじら餅の起源は詳らかではなく、京菓子として創始されたという説もあれば、中国よりういろうと一緒に長崎の出島経由で日本に伝わったという説もある。1683年に書かれた『料理塩梅集』に「くじら餅」の名が見えることから、江戸時代の初期には存在していたことは判明している。その頃、砂糖は輸入頼みの貴重品であったから、くじら餅も高価で庶民の口には入りにくいものであったに違いない。

名称の語源についても諸説あるが、鯨の肉を塩蔵した「塩くじら」に似ており、とにかく大きかった(昔は2.2kg以上もあった)からという説が有力である。

自国で生産されるようになって砂糖が安価になると、くじら餅は各地で作られるようになった。しかし、米の粉を挽いて、練って、蒸しあげるという製造工程に2日もかかることから敬遠され、次第に廃れていく。今では、主に山形県の最上地方や青森県の鰺ヶ沢町・青森市の少数の菓子店でしか製造されていない珍しい菓子である。最初は、最上地方(新庄藩)の名物であったのが、北前船によって鰺ヶ沢に伝わり、そこで津軽藩主の庇護を受けて伝統菓子として生き残ったというのが、北日本での伝播ルートのようである。

となると、「山形と青森のくじら餅とで違いはあるのだろうか」という興味が自然に湧いてくる。その点を確かめるべく、新庄市の「新庄の菓匠たかはし」と青森市の「永井久慈良餅店」の両老舗の看板製品であるくじら餅を取り寄せた。

「新庄の菓匠たかはし」のくじら餅は、白砂糖味、黒砂糖味、しょうゆ味、みそ味の4種あり、「永井久慈良餅店」のくじら餅は、津軽米粉とこし餡などから作られた1種のみ。どちらにもくるみが含まれている。

新庄のほうは、水気が多いように見えて実はかなりもっちり。独特の風味があるのが、しょうゆ味とみそ味で、しょうゆ味は、ほどよい甘じょっぱさが、みそ味は噛むごとにみその旨味がしみ出る。そして、腹持ちがとても良い。平成の初めころ、国の「特別災害対策室」で、新庄のくじら餅を非常備蓄食とするか否かを検討したそうで、俎上に上がった理由の1つは、この腹持ちの良さのせいかもしれない。

「新庄の菓匠たかはし」のくじら餅(手前2切れがしょうゆ味、奥2切れがみそ味)

対して青森のくじら餅は、水気を抑えた羊羹に近い外観。口に入れると、甘すぎず、ちょうどよい弾力の歯ごたえがあり、上品なものを感じる。ちなみに、「久慈良餅」と書いて「くじら餅」と読ませるのは、初代店主が「いく久しく慈しまれる良い餅」であるようにとの願いをこめて開発したからで、今や青森市を代表する銘菓の1つになっている。

「永井久慈良餅店」のくじら餅

味については甲乙つけがたいが、水分量からくる食感が、明瞭な相違点と言えそうだ。

そして、同じ地域でも店によってくじら餅は、素材も製法も微妙に異なり、味も様々なのであろう。山形や青森へ旅行の折には、各店を立ち寄って食べ比べてみるのも面白いかもしれない。

【新庄の菓匠たかはし】
住所:山形県新庄市住吉町1-14
電話:0233-22-4080
営業時間:8:00~19:00
定休日:1月1日
公式サイト:http://www.kasho-takahashi.com

【永井久慈良餅店】
住所:青森市大字浅虫字坂本51-5(本店、バイパス店があり互いに近接。下写真はバイパス店。)
電話:017-752-3228
営業時間:7:00~19:00(本店)、8:00~18:00(バイパス店)
定休日:12月31日、1月1日
公式サイト:http://www.kujiramochi.jp

参考図書:『くじら餅物語―ルーツとロマンを尋ねて―』(高橋雄一/自費出版)

取材・文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。

 

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