
1951年、神奈川県生まれ。’77年デビュー以後『キマイラ』『陰陽師』などを発表。’89年『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、’98年『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞、2018年、紫綬褒章受章。
「表現者として萩尾望都が持っている言語、感性、美意識、技術は、少女漫画のみならず、あらゆるジャンルの作品と対等に語られていいレベルにある」
萩尾望都という作家は、少女漫画家であり続けながら、ジャンルの先頭に立ってその可能性を押し広げていった作家だと思います。漫画の中で奏でられる切なくも美しい物語が、ひとりの人間の手によって生み出されていることが未だ信じられません。
萩尾望都は、僕の創作活動に多大な影響を与えてくれた漫画家のひとり。今でも読むと「よし、俺も書くぞ!」という精神的筋肉の力こぶが盛り上がってくるんです。

僕は24歳から31歳にかけての約7年余り、極めてまめに「少女漫画」と呼ばれる作品群を読み耽りました。きっかけはSF好きが集まる集会に参加したこと。当時、僕がハマっていたSFの集会では、自分の好きな文芸や漫画について何時間でも話を続けていました。
『11人いる!』の衝撃

『11人いる!』(1975年)。「萩尾さんは宇宙から古典まで色々なものに興味を持ち雑学の宝庫。その知識の蓄積が創作の礎になっているんです」写真は、小学館文庫『11人いる!』。
そんな会合で、ある男が「みんな、これからの時代はこの少女漫画だぜ!」と『ケーキケーキケーキ』という漫画の切り抜きを持ってきたんです。それが僕が初めて読んだ萩尾望都の作品でした。その後、萩尾作品を何編か読み、その中の一冊に衝撃を受けました。それが『11人いる!』です。
『11人いる!』は、宇宙飛行士になるために宇宙船に集められた少年たちのサバイバル物語ですが、とにかくたまげました。例えば両性具有の少年が出てきて、将来女性になるか男性になるかの重い選択で「オレさ、おまえがそういうなら女になってもいいや」という台詞とか、物語のエンディングの「未来へ!」という言葉など、なんと爽やかなことか。こんなSFがあることに、小松左京さんの言葉を借りれば「目の玉をひっぱたかれたような衝撃」がありました。同時に後悔さえ感じました。一生かかっても読みきれないほどの量の「少女漫画」というジャンルの名品を、それまで読まずにいたことに気がついたからです。
そこで、この作品を読んだその日に、自分の住んでいる小田原の本屋に駆け込んで、目についた少女漫画雑誌を全部買い込みました。それから数か月間、少女漫画を片っ端から読み込みました。
少年漫画は闘いや怒りなどをメインにした表現が多い一方で、少女漫画は、切ない恋や嫉妬など人間の機微を重視しているような気がします。男の漫画なら2〜3コマですませてしまうような感情の表現を、少女漫画はその機微を描くために何十ページ使ったりする。それが実に新鮮でした。
少年漫画のみを読んでいたら気付きようがなかった、多様性を持った作品群を少女漫画は生み出していたのです。
読みあさっていくと自分の中で好みの漫画がセレクトされ、好みの作家ができてきます。僕にとってその作家が萩尾望都でした。
表現者として萩尾望都が持っている言語、感性、美意識、技術は、少女漫画のみならず、例えばゴッホなどの絵画作品や、映画、歌舞伎など、あらゆるジャンルの作品と対等に語られていいレベルにあると思います。絵に関していうなら、すべてに適当さがない。例えば人物画は膝や足首など、関節の動きに則り描かれています。特に衣装は萩尾さんが学生時代に服飾デザインを学んでいたこともあって、襟の角度、ボタンの位置など、細部に嘘がないんです。
ストーリーも丁寧に描かれていて、『ポーの一族』などの刻(とき・時間軸)の表現や間のとり方、コマ割りだけで見せる斬新な構図も群を抜いています。何よりも驚かされるのが、宇宙の話から古典までありとあらゆるテーマの漫画を山のように描いている点。最近の漫画は1タイトルでロングセラーになるケースが主流ですが、数百を超えるタイトルの作品を描き、そのどれも駄作がなく期待を裏切らないレベルにある漫画家は、萩尾望都と手塚治虫ぐらいしか思いつきません。
しかも萩尾望都は未だ現役です。まったく衰えない技術と枯れない感性を持っていることが信じられないくらいです。萩尾作品に埋没して半世紀。読み返しては感動し落涙し、僕は今も「漫画」という世界から抜け出せずにいます。
今なお最前線。衰えぬ技巧と表現力

萩尾望都(はぎお・もと)
1949年、福岡県生まれ。’69年デビュー。以降、数多くの名作を発表、’76年『ポーの一族』『11人いる!』で小学館漫画賞、2006年『バルバラ異界』で日本SF大賞、2024年「仏アングレーム国際漫画祭」で特別栄誉賞など数多く受賞。
取材・文/松浦裕子 撮影/佐藤秀明(夢枕さん分)

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