文/堀口茉純(PHP新書『江戸はスゴイ』より転載・再構成)
お江戸には、キラ星のごときスターたちも生まれました。なかでも、八代目・市川團十郎は、江戸時代で一番モテた男といっても過言ではありません。
風采は「いきで高等で上品で色気は溢れるほどあれども嫌味でなく、澄まして居れども愛嬌があり、女子の好くのは勿論なれど男子の好くのも非常」と大絶賛され、異性にも同性にも愛されたイケメンでした。
助六を演じたときに水に飛び込む演出があったので、その残り水を美肌化粧水として販売したところ、飛ぶように売れたという逸話が残っています。
モテまくっていたのに独身で、親孝行という性格の良さ人気に拍車をかけました。
ところが人気絶頂の三十二歳のとき、巡業先の大坂で自殺してしまうのです。
突然、大スターを失った江戸の人々の喪失感は凄まじかったようで、死絵(有名な俳優などが死んだときに作られる、似顔絵や辞世や法名、菩提寺、没年月日を摺り込んだ浮世絵。訃報を知らせる号外のようなもの)が三〇〇種類以上作られました。
他の歌舞伎役者の死絵は多くてもせいぜい八〇種類程度であることからも、ケタ違いの人気ぶりがわかります。
冒頭の死絵では、團十郎が釈迦の涅槃に見立てられていますが、周りを取り囲む女性たちのなかには、小さな子どもや猫や、どさくさに紛れて股間にタッチしようとしている人の姿が……!
彼が、いかに愛された存在であったのかを物語る一枚です。
文/堀口茉純
東京都足立区生まれ。明治大学在学中に文学座付属演劇研究所で演技の勉強を始め、卒業後、女優として舞台やテレビドラマに多数出演。一方、2008年に江戸文化歴史検定一級を最年少で取得すると、「江戸に詳しすぎるタレント=お江戸ル」として注目を集め、執筆、イベント、講演活動にも精力的に取り組む。著書に『TOKUGAWA15』(草思社)、『UKIYOE17』(中経出版)、『EDO-100』(小学館)、『新選組グラフィティ1834‐1868』(実業之日本社)がある。
※この記事は下記書籍より、著者の了解のもと編集部にて転載・再構成しました。
【参考図書】
ページを開けば愉快な町へ!
『江戸はスゴイ』世界一幸せな人びとの浮世ぐらし
(堀口茉純・著、本体880円+税、PHP新書)
ここまで楽しく素晴らしい町だったとは! 浮世絵などイラスト満載で、ページを開けばお江戸の世界。その魅力がみるみるわかる極上の書。浮世絵や版本など、江戸人によって描かれた絵画史料をふんだんに盛り込み、〝庶民が主役〟の江戸がいかに魅力的で、面白くて、スゴイ町だったかを徹底紹介する。