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自分の欲望をカネで解決するのを、恥ずかしいこととしてやらないのが「江戸っ子の品」|弟子だからこそ知っている「談志のことば」

文/印南敦史

巨大な名峰『立川談志山』登頂のためのガイドブック|『談志語辞典』
『談志語辞典』(立川談慶 著、誠文堂新光社)の著者は、ワコールの会社員を経て1991年、立川談志18番目の弟子になったという異色の経歴の持ち主。2000年に二つ目、2005年真打ちへと昇進しているが、それ以前に前座修業を9年半も務めていたのだそうだ。

談志が亡くなってから2019年で丸8年。つきあい自体はトータルで20年を数えるというが、うち10年弱を前座として過ごしたわけである。

「日記をつけておけよ」
前座初期の夏ごろでしたか、たまたま練馬の家で2人きりになったとき、そんなことを言われました。
なんで自分にだけそんなことを言ったのか? 深く意味も考えず、そしてそもそも日記をつけるという本当の意味を探ることなく「その日」からつけ始めるようになりました。(本書「はじめに」より引用)

当初は新鮮さもあり、長文スタイルで書き連ねていたのだという。ところが師匠に命じられた用事を忙しくこなすなか、いつしかメモ代わりのような、断片的な痕跡へと変化していった。

「空体語と実体語、わきまえろ!」
「状況判断のできない奴がバカだ!」
「挨拶をリズムで言うな!」
「蕎麦のツユは、少しだけつけろ!」

という具合に日記というよりは、「ドジな自分に向かって談志が言い続けた小言ノート」になってしまったということだ。そうやって記録し続けてきた談志のことばを、改めて“談志語”としてまとめたのが本書なのである。

9年半も前座を務めてきたということは、日数にすればほぼ3500日。一日に2度怒られたこともあり、二つ目になってから怒られたこともあるというので、少なく見積もっても2000回以上は談志の逆鱗に触れている計算だ。

だとすれば著者本人が記しているとおり、それは他の弟子にはない財産ということになるだろう。そしてその財産はひとつひとつが、ひさしぶりに箪笥のなかから引っ張り出してきた宝石のように、鈍く鋭い光を放つ。

弟子だからこそ見ることができた「談志の世界をひも解くキーワード」を五十音順に配列。それぞれについて「キーワード」「読み方」「談志の得意ネタなども盛り込んだ解説文」「落語会でリスペクトすべき人、交友関係、自身の考え方などの分析」がまとめられている。

たとえばこんな感じだ。

酒に決まってるだろ!
【さけにきまってるだろ!】
談志という人物を表す歴史的名言。
1971(昭和46)年、参議院議員に当選した談志は、政治家としての資質を嘱望され、1975(昭和50)年の年末に、沖縄開発庁(当時の三木武夫内閣)の政務次官に就任した。翌年1月沖縄入りし、翌日の記者会見にはサングラス姿の二日酔いで挑んだ。「酒と公務とどちらが大切ですか?」という記者からの質問に、このように答えた。
この発言をきっかけに自民党を離党し、翌年政界から引退した。就任後わずか36日間だったことを踏まえ「36日間“も”の長い間、政務次官を務めた」と、弟子たちにはネタにした。失言で引退する政治家に接する際、「うちの師匠に比べたら」と……いつも思う。(本書71ページより引用)

記憶に残っている方もいらっしゃるだろう。小学生だった私も当時それを「よくないこと」としか感じなかったが、年齢を重ねてみると、談志らしいエピソードだったのだなぁと感じる。

ものになりそうな奴には怒鳴るほうがいい
【ものになりそうなやつにはどなるほうがいい】
談志がよく言っていた言葉の一つ。「つまり、談志から怒られたということは、自分がものになりそうだからだ」と前向きに考えて、弟子たちは修行に励んだものだった。才能というより我慢比べの様相を呈していた。ものになったかどうかは別にして、忍耐力はつけさせていただいた。(本書163ページより引用)

「前向き思考」「ポジティブ思考」などということばは多いが、これこそまさにポジティブ思考。

落語は江戸っ子の品を語るもんだ
【らくごはえどっこのひんをかたるもんだ】
談志の定義。口は確かに悪かったが、決して品のよくない人ではなかった。「金があればホテルはスイートルーム、飛行機はファーストクラス、新幹線はグリーン車だろうが、それら金で解決できるものと『品』とは別のものだ」と言っていた。自分の欲望をカネで解決しているだけだが、それを恥ずかしいこととしてやらないのが「品」なんだと。そしてそんなカネで解決する奴をバカにして笑うことこそ「落語」なんだと。ついでに「『いい女』とは見た目じゃない」とも言っていた。(本書176ページより引用)

ユーチューブなどでは「品」のない人間をよく見かけるが、談志は彼らに対してどんな感想を抱くだろうか。

* * *

著者は本書のことを、「『立川談志山』という巨大な名峰に挑むためのガイドブック」であると表現している。そして上記のように、そのガイドブックはとても平易で親しみやすい。

これから「立川談志山」を目指したいという方には、とっておきの一冊だといえるだろう。

『談志語辞典』

立川談慶 著

誠文堂新光社

定価(税込)1,760円

2019年11月発売

『談志語辞典』
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

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