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太宰が残した130もの「絶望名言」を読む|『太宰治の絶望語録』

文/印南敦史

『太宰治の絶望語録』

「太宰治の作品は“はしか”のようなものだ」などと言われることがある。

少年期は精神が未熟で、危うい部分が残っているものだが、そんな弱さと太宰作品は親和性が高い。だから読むと傷を舐め合うような感覚に陥り、それが「曖昧な救い」のようなものに感じられるわけだ。

つまり“はしか”のように、弱った子どもの心に入り込んでしまうということである。

もっとも、多くの場合は時間の経過とともに、その「救いのようなもの」に違和感を覚えるようになるのだろう。その結果、太宰作品を卒業していくことになるのである。

それは、“はしか”が治ったということだ。いいかえれば、大人になったということだ。

私も10代のころにその病に冒され、なんとか抜け出たことがある。『太宰治の絶望語録』(豊岡昭彦 編、WAVE出版)を純粋に楽しむことができたのも、そんな経験があるからなのかもしれない。

ここには太宰が残した130もの「絶望名言」が収録されている。「作家と仕事――現実と理想」「生と死――人生と自殺」「人間と生活――自己と生き方」「幸福と苦悩――恐怖と罪」「女と男――愛と嫉妬」という全5章構成だ。

担当編集者のことばによれば、本書のコンセプトは「絶望に浸り、そのなかから共感や感動、希望を見出そう」ということのようだ。絶望を知るからこそ、人はもっと強く生きていけるのではないかという考え方である。

たしかに、そのような解釈も可能ではあるだろう。しかし現実問題として、太宰のネガティブ思考は希望に結びつくものではないという気もする。だからダメだということではなく、ましてや感じ方は人それぞれだろうが。

むしろ個人的には、別の“魅力”がどうしても気になる。太宰が示す「絶望」の端のほうに見え隠れする「ユルさ」「ツッコミどころ」にこそ、大きく惹かれてしまうということだ。

 死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。【葉】(本書49ページより引用)

 幸福の足音が、廊下に聞えるのを今か今かと胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。ああ、人間の生活って、あんまりみじめ。生れて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。そうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。みじめすぎます。生れてよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます。【斜陽】(本書51ページより引用)

「おれは、ことし三十になる。孔子は、三十にして立つ、と言ったが、おれは、立つどころでは無い。倒れそうになった。生き甲斐を、身にしみて感じることが無くなった。強いて言えば、おれは、めしを食うとき以外は、生きていないのである。ここに言う『めし』とは、生活形態の抽象でもなければ、生活意慾の概念でもない。直接に、あの茶碗一ぱいのめしのことを指して言っているのだ。あのめしを噛む、その瞬間の感じのことだ。動物的な、満足である。下品な話だ。……」【兄たち】(本書69ページより引用)

たとえばこうした文章を読むと、ちょっと笑いそうになってしまうのだ。馬鹿にしているわけではなく、読めば読むほど、その文脈にユーモアのようなものを意識してしまうのである。

それは意図的なものかもしれないし、あるいはそうではないのかもしれない。いずれにしてもそこに味わい深さを感じ、だから惹かれるのである。

そのように考えてしまうのは、私が“はしか”の時期をはるか昔に通りすぎ、大人になってしまったからなのだろうか?

その反面、太宰の最期を思い起こすと、ユーモアが成立していない下記の文章には、漠然とした重みを感じたりもするのだが。

 窮極の問題は、私がいま、なんの生き甲斐も感じていないという事に在ったのでした。生きる事に何も張り合いが無い時には、自殺さえ、出来るものではありません。自殺は、かえって、生きている事に張り合いを感じている人たちのするものです。最も平凡な言いかたをすれば、私は、スランプなのかも知れません。恋愛でもやってみましょうか。【夏の頼り】(本書89ページより引用)

どうあれ、弱さ、矛盾、不思議な魅力など、さまざまな太宰の表情を改めて感じることのできる一冊であることは間違いないだろう。

『太宰治の絶望語録』

(豊岡昭彦/編 WAVE出版 価格:1500円+税
2018年11月発売

『太宰治の絶望語録』

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

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