選評/林田直樹(音楽ジャーナリスト)
人の声のように親密に大切なことを語りかけてくるヴァイオリンである。庄司紗矢香はいま真に国際的な活動を第一線で続けている数少ない日本人演奏家の一人だが、文学や美術など他ジャンルにも造詣の深い彼女に大きな影響を与えてきたのが、ロシアの長老的存在でもある指揮者テミルカーノフである。
この二人の共演は、お互いの信頼関係の厚みにおいて特別なものがあり、今もっとも傾聴すべきコンビの一つと言えるだろう。
今回の『ベートーヴェン&シベリウス:ヴァイオリン協奏曲』は、どちらの作品も、意外なくらいに穏やかで包容力のある自然体の音楽になっている。威圧的・攻撃的なところがなく、むしろ室内楽に近い対話である。
闘争や刺激を求める向きには物足りないかもしれないが、繰り返し聴き、人生の傍らに置くべき言葉のような味わい深さがここにはある。一種のヒューマニズムの表れともいうべき名演だ。>>試聴はこちらから
【今日の一枚】
『ベートーヴェン&シベリウス:ヴァイオリン協奏曲』
庄司紗矢香(ヴァイオリン)
ユーリ・テミルカーノフ指揮 サンクト・ペテルブルク・フィル
2017年録音
発売/ユニバーサル ミュージック
電話:045・330・7213
販売価格/3000円
文/林田直樹
音楽ジャーナリスト。1963年生まれ。慶應義塾大学卒業後、音楽之友社を経て独立。著書に『クラシック新定番100人100曲』他がある。『サライ』本誌ではCDレビュー欄「今月の3枚」の選盤および執筆を担当。インターネットラジオ曲「OTTAVA」(http://ottava.jp/)では音楽番組「OTTAVA Salone」のパーソナリティを務め、世界の最新の音楽情報から、歴史的な音源の紹介まで、クラシック音楽の奥深さを伝えている(毎週金18:00~22:00放送)
※この記事は『サライ』本誌2018年12月号のCDレビュー欄「今月の3枚」からの転載です。