現代日本の伝統工芸の最高峰が一堂に集まる「日本伝統工芸展」が、今年も9月19日[水]~10月1日[月]の日本橋三越本店での展示を皮切りに、全国で巡回開催される。

陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、諸工芸(硝子、七宝、硯、砡など)の7部門ごとに選考が行なわれ、優秀作品が選ばれ各賞に輝く。重要無形文化財保持者(いわゆる人間国宝)から若手に至るまで、日本工芸会(伝統工芸作家、技術者等で組織する国内最大の団体)に所属する全国の工芸作家が、この栄誉を目指して作品を出品するのである。

そんな伝統工芸作家のひとりで、現代の博多人形づくりをリードする人形師・中村信喬(なかむら・しんきょう)さんにお話を伺った。

中村信喬(なかむら・しんきょう) 1957年、福岡市生まれ。九州産業大学芸術学部美術学科彫刻専攻(木彫)を卒業し、80年に家業を継ぐ。陶芸家・村田陶苑、人形師・林駒夫(重要無形文化財保持者)、能面師・北澤一念に師事する。天正遣欧少年使節団をテーマにした人形づくりに長年取り組み、1999年の第45回 日本伝統工芸展に出品した「島影」(陶彫墨彩)で高松宮記念賞を受賞。2011年には、バチカンでローマ法王(ベネディクト16世)に謁見し、人形を献上したほか、博多祇園山笠(2016年にユネスコ無形文化遺産に登録)の飾り山笠を作る人形師としても活動する。2018年の飾り山笠は、関ケ原の戦いの西軍大将・石田三成の本陣を攻める初代福岡藩主・黒田長政の活躍を描く「黒田関ケ原之陣」。九州国立博物館(太宰府市)で、2019年3月まで展示されている。 http://www.shinkyo-nakamura.jp/

「工芸は、いわゆる“用の美”を持つのが一般的です。たとえば陶芸や漆芸などの器ならば、料理を盛り付けたら美味しいだろうな、染色ならば、それを着て出かけたら嬉しいだろうなという実用面がある。仮に、実際に使わなくても、それを使ってみたら素敵だろうなと想像して楽しむことができる。けれど、人形には、そうしたものはない。ないけれど、人形を見ることによって、そうした感情を呼び起こす。それゆえ、人形は“純粋工芸”とも称されます」

1925年のパリ万博出展を機に、その呼称が世界に広まった博多人形。古代から国際貿易都市として栄えた商都・博多の人形師たちの卓越した技術は、古くから海を超えて高く評価されていた。ときには海外から彫刻制作を依頼されることもある。中村さんの祖父・筑阿弥さんは、ヨーロッパの教会の壁面を飾る「ヨセフ像」を手がけたことでも知られる。

中村家は、代々受け継ぐ家名は持たず、造形集団として人形作りに携わってきた一家で、祖父は「粗末な粥を食べてでも、良いのもの作れ」との家訓を残している。

「博多をはじめとした九州北部地方は、日本へ最初に異国の文化が伝わる町として、古くから栄えました。よって、さまざまな文物、人々の交流がある“ちゃんぽん文化”になりました。ここでは中国語を日常的に話す人がいる傍らで、カトリックの宣教師がいたり、刀を持った侍がいた。博多人形が、さまざまな題材を扱うのも、そうした背景があると思っています。

私の家は、造形物の原型となる彫刻を作ってきた一家。家名も、技法も、題材も、これがうちのものというのは伝わっていません。なぜか。それは、その時代、その時代で求められるものを作るため、と私は理解しています。これがうちのスタイルというものが伝わっていないゆえに、日本はもちろん、中国、東南アジア、南蛮など、さまざまな題材を扱うとき、この技法とこの材料を組み合わせるといったことが自由にできる。祖父が『粥を食べてでも、良いのもの作れ』と言い残したのは、新しい技術で、最高のものを作ることを優先しろ、ということだった、と私は思うんです」

中村さんは、“純粋工芸”とも言われる人形の魅力を次のように話す。

「人形は、人の形をしています。そして、ホッとしたり、愛らしさなどを、まるで生きているものを見るような感情を呼び起こす。この点は他の工芸とは違って、すごくわかりやすい。しかも、小さな子どもから大人まで、文化の違いを越えて感じることができる。これは一つの特徴といえるでしょう。それでいて、人間を扱っているので、とても深い表現になるのです。

私は美大で彫刻を学んだのですが、人形を大きくすると彫刻になるけれど、彫刻を小さくしても人形にはならない。彫刻は、さまざまな要素を削ぎ落として作っていきますが、人形は加えていく。そこに工芸としての人形の面白さがある。私は、日本工芸会の理事をしているのですが、海外に紹介するときに人形を『NINGYO』にしたんです。『DOLL』と翻訳してしまうと、美術工芸品という本来の人形の意味が伝わらないからです」

日本工芸会では、「工芸」を海外に紹介する際も、craft ではなく、KOGEI という表現を使う。これも外国語に翻訳をしてしまうと、工芸そのものが持っている芸術性や精神性などが伝わりにくくなるため。中村さんは、ものを作るだけでなく、それを伝えることにも腐心しているのである。

*  *  *

そんな中村さんは、今年の第65回 日本伝統工芸展と同時期に、日本橋三越本店本館6階 美術特選画廊で、「TIME TRAVELER」と題した個展を開催する(9月19日[水]~24日[月]まで ※最終日は午後5時閉場)。同展は中村さんが作品作りの主題にしてきた「時空を超えた旅」をテーマとしている。

本展の主題作品「TIME TRAVELER」(木彫彩色、高さ47cm)。漢数字、アラビア数字、ローマ数字などがあしらわれた衣装に身を包む、青い目の男性。見る位置や角度、そのときの心境によって、さまざまな表情を持つ。

「わたしは作品作りする際、場所を意識するようにしています。場所って、面白いんですよ。人が居ても、居なくても、その場所って、何百年、何千年とある。そこに立って、眼の前に見えている近代的なものをひとつひとつ消していく。そうすると、時空を超えて、昔の人と同じような景色になっていく。それを、現代に呼び戻して作品を作るんです。場所って、時代が経っても気候や風土などは、変わらないことが多い。だから、場所を意識するんです」

そして、場所を意識したうえで、自分自身の自我を捨てて、作品作りに臨む。

「たとえば、長年作り続けている天正遣欧少年使節を作るときも、バチカンを訪れ、“あの子たちが、400年前に、ここに立ったんだ。この大聖堂を見たら、驚くだろうな”などと、その空気感を追体験する。そのときに、自我があると、違った受け取り方になる。自我を捨てて、素直になれると、すっと作品も生まれていくし、うまくいく。

芸大などで講義をさせてもらうことがあるんですが、アートの世界って、教授も学生も、みんな自分の作りたいものを目指す。でも、それならば、自分の部屋に閉まっておいて、人に見せなくていい。誰かのために、ものを作ったことがあるのか、そのほうが、絶対に人が喜ぶし、人が惹きつけられる、と教えるんです。それは媚びるとは違う姿勢です」

自我を捨て、誰かのために作る創作スタイルは、人形という表現の根幹につながるものでもある。

「お節句や贈り物に使われる人形は、子どもを守って欲しい、健やかに育ってほしいと願って飾られる。誰かが、誰かのためを思って飾るものを、僕らが作る。だから、僕らは、その場面が思い描けないと、いい作品が作れない。そこに、自分がこう作りたいという自我は、邪魔なだけ。工芸における人形は、大切な人を思う気持ちが表現されたものなのです」

振り返ってみると、日本の生活のなかには、雛人形や五月人形などを飾る習慣が、身近にあった。そうした生活が縁遠くなっていると感じる方は、少なくないのではないか。暮らしの中で人形を飾る習慣は、誰か大切な人に思いを馳せたり、そうした人の存在を思い起こすための気づきをもたらしてくれる。それは、住環境や生活スタイルが変わった現代でも、自然に受け入れられる日本の文化のはず。

中村信喬さんの作品を通して、そんな日本の伝統人形の魅力と伝統工芸の真髄に触れてみてはいかがだろう。

【中村信喬 個展 TIME TRAVELER
日時:9月19日(水)~24日(月・振休)
最終日は午後5時閉場
会場:日本橋三越本店 本館6階美術特選画廊
問い合わせ先:03-3241-3311(大代表)

なお今回「サライ.jp」では、展覧会に先立つ9月18日(火)に特別イベント「中村信喬さんと語り合う、工芸としての人形の魅力」を開催します。伝統の博多人形づくりの今を担う作家・中村信喬さんと直接交流できる絶好の機会です。さらに当日は「第65回 日本伝統工芸展」の開催前日にもあたるため、一般公開に先駆けて、日本橋三越本店のアートコンシェルジュの案内付きで同展を特別に観覧できます。

日本が誇る一流の伝統工芸品の真髄に触れ、知識を深められる、またとないチャンス。ぜひご参加お申し込みください。

 サライ.jp 特別企画
「中村信喬さんと語り合う、工芸としての人形の魅力」
日時:9月18日(火)午後3時~(約1時間)
会場:日本橋三越本店 本館6階美術フロア内
人数:10名 ※要予約、先着順
参加費:無料
定員に達したため、ご応募は締め切らせていただきました。

 

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