文・絵/牧野良幸
ずっと「箱買い」が止まらない。
「箱買い」とは箱入りのアナログ・レコードを買うことである。クラシックのLPは3枚組以上になると箱に入っている。オペラの全曲盤や交響曲の全集などがそうだ。
その「箱買い」が止まらないのである。最初はオペラが聴きたかったから「箱買い」になるのはあたりまえだと思っていた。そのあとはモーツァルトの室内楽のセットも買ったりしている。昔買えなかった憧れのセットを、中古で手に入れられるのは嬉しいものだ。
しかし最近はとても聴きそうにないレコードまで、それが「箱入り」というだけで買いたくなってしまうのである。例えばバロック時代、バッハ以前の聴いたこともない作曲家のリュート曲全集や、たぶん10分以上は聴けそうにない現代音楽のセットとか。
もちろん「箱買い」は「ジャケ買い」と同じく、未知の素晴らしい音楽と出会うきっかけとなるから、やめるべきではないだろう。
しかし冷静に自分の気持ちを分析してみると、店の棚から箱を持ち上げる時に、収録されている音楽への興味はさほどないのである。それよりもズシリとくる重さが心地よいのだ。タイトルさえ見ないで選ぶことも多い。買っても聴かないと分かっているくせに、箱入りレコードを家に持ち帰りたいという衝動を抑えるのに苦労する。
これは何かの依存症を疑ってみるべきだ。ビデオゲームやインターネットに依存症があるように、アナログ・レコードの楽しみにも依存症があるかもしれない。とりあえずオーディオ小僧の場合は「箱買い依存症」とでも名付けられるだろう。
しかしオーディオ小僧は、箱入りレコードなら何でも欲しくなるわけではない。オーディオ小僧が欲しくなるのは廉価で安い箱入りレコードである。普通の中古レコードと同じくらいの1,500円から1,800円程度の価格だ。
もうひとつ「箱買い」でこだわることがある。それは輸入盤であることだ。オーディオ小僧もオーディオ・マニアのはしくれ、どうせ買うならオリジナル盤である輸入盤を選ぶ。
ということでオーディオ小僧の病名がはっきりした。「廉価性オリジナル型箱買い依存症」だ。
病名がはっきりしたところで、オーディオ小僧はどうするだろうか。
オーディオ小僧はこのままでいいと思っている。今のところ中古レコード店に迷惑をかけていないようだし、近所から「ゴミ屋敷」にたとえて「箱入りレコード屋敷」と陰口を言われているわけでもない。家人はもとよりレコードのある部屋には近寄らぬ。ということで「箱買い」のような悦楽をやめる理由は、今のところない。
ただ最近、オーディオ小僧は別の症状にも悩まされている。それが「500円未満特価コーナー依存症」である。これについてもいずれ報告する機会があるだろう。
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。近著に『オーディオ小僧の食いのこし 総天然色版』(音楽出版社)がある。公式ホームページ http://mackie.jp
『オーディオ小僧の食いのこし 総天然色版』
(牧野良幸著、定価 1,852円+税、音楽出版社)