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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「あれは眉(まみえ)や鼻を鑿(のみ)で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋(うま)っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決して間違うはずはない」
--夏目漱石

夏目漱石が小説『夢十夜』の第六夜(第6話)の中に綴ったことばである。『夢十夜』は、明治41年(1908)7月から8月にかけて東京と大阪の朝日新聞に連載された全10話からなる小説。ほとんどが「こんな夢を見た」という書き出しではじまる。

全10話のうちの6番目となる「第六夜」は、例外的に次のように書き起こされる。

「運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいるという評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた」

この書き出しからわかるように、これは運慶の話。掲出のことばも、運慶が仁王を彫刻するときの、大自在の妙境に達している巧みな鑿(たがね)使いのことを言っているのである。

運慶は平安から鎌倉時代にかけて活躍した仏師。物語中に「自分はどうして今時分まで運慶が生きているかなと思った」と記述されるように、明治期の護国寺にあらわれる道理はない。すべては夢の中の、つまりは作者の想像上の話なのである。

にも関わらず、眼前で見たかの如く、次のようにありありと描写していく漱石の筆の冴えはさすがというしかない。

「運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて、鑿を歯を竪(たて)に返すや否や斜すに、上から槌を打ち下した。堅い木を一と刻みに削って、厚い木屑が槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面が忽ち浮き上がって来た。その刀の入れ方が如何にも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挟(さしはさ)んでおらんように見えた」

見物の中の若い男が口にした掲出のことばに、「彫刻とはそんなものか。果してそうなら誰にでもできる」と思った「自分」は、急にその手で仁王が彫ってみたくなり帰宅する。暴風で倒れた樫を、薪にするつもりで木挽きに挽かせて手頃な大きさにして積んであるのを一本持ってきて、早速、鑿をふるってみるが、中に仁王は見当たらない。次々に挑むが、二番目のにも、三番目のにも仁王はいない。ついには、積んである薪を片っ端から彫り尽くすが、どれもこれも仁王を蔵(かく)しているのはなかった。

漱石は、物語をこうしめくくる。

「遂に明治の木には到底仁王は埋っていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った」

木の中に埋まっている仁王は、名工の鑿によってしか掘り出せないのである。

現在、上野の東京国立博物館で「運慶」の特別展が開催中だ(明日/11月26日まで)。運慶その人は没しても、その作品は圧倒的な迫力とともに今も確かに息づいている。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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