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旧日本兵が戦地から妻へ毎日送り続けた哀しい葉書【漱石と明治人のことば227】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「背負袋の中からとっておきの福神漬の缶を出すと豪華というので、みんなが寄り集まって、小さな缶一つを十幾人でつつきまわしてうまいなあと言いながら、汁まで平らげたことだった」
--青木一

大阪府泉北郡の久世小学校訓導に在職していた青木一さんのもとにいわゆる赤紙が届いたのは、昭和14年(1939)8月15日だった。青木さんは明治44年(1911)8月15日生まれだから、ちょうど満28歳を迎えた日に舞い込んだ召集令状だった。大阪第四師団第三七連隊に入隊した青木さんは、翌年2月7日、南支派遣軍の要員として宇品港から出航する。

青木さんはこのとき、戦地から毎日必ず葉書を書き送るという約束を、妻と交わした。

軍事機密の関係から、戦地から差し出す郵便には日付は一切書いてはならないことになっていた。そこで青木さんは、宇品港出発の日を・1として、後から届く葉書の・に日付を書き入れてくれるよう、妻に頼んだ。そしてこう言った。

「もし葉書が到着しない時は、その・の翌日、俺は戦死したことだと考えて、冥福を祈ってくれ」

青木さんの胸の中には、松尾芭蕉が『奥の細道』の中に綴った「今日の発句は、明日の辞世なり」ということばがあった。俳人芭蕉の命を賭してのみちのく行脚に、自身の戦地暮らしを重ねようとしたのである。

掲出のことばは、葉書・391、昭和16年(1941)3月6日付で書かれた葉書の中の一文。このとき、青木さんの部隊は行軍中で、食べるものに窮している。みんなして高い山の上で、前の晩に炊いた飯盒の飯を食うのだが、もはや副食物の持ち合わせがないので塩などふりかけている。そこで、青木さんがとっておきの福神漬を取り出し、戦友たちと分かち合っているという光景なのである。葉書の文面は、こうつづく。

「そしてお互いに、こんな甘い福神漬を食ったのは始めてだとか、三日前に食った福神漬に何の変りもないのに、こんだけ味が変るものかねとか、異口同音に口を極めての福神漬賞讃である。私は最初みんなが持てあましているのを、このことのあるのを予想して、重いので苦にはなったが、又途中何度勿体ないことだが捨ててしまおうかと思ったことだったが、最後まで持って来てよかったと思ったことだった」

なにげない記述の底に、戦争の悲哀が覗く一齣であろう。

別のある日の葉書には、弟が庭先に咲いた桜花を送ってくれたとして、こんな記述もある。

「この平凡なことに私の心はどんなにか慰められたことでしょう。弟の心事をゆかしく思うと共に、私には故郷の家がなつかしまれてなりませんでした。たった三輪の桜花から私の瞼の中には、家全体が浮彫りのように描かれました。雨縁の前の三本の桜の枝振や、毛虫のついた跡までがはっきり見えます」

死を覚悟しているからこそ、青木さんの感性は研ぎ澄まされている。

幸い青木さんは生き残り、昭和21年(1946)4月1日に復員し召集解除となった。その後教育現場に戻り、小中学校の校長などをつとめた。机上の計算では戦地からの葉書枚数は総計2243枚になるべきところ、作戦行動の最中で軍事郵便業務が停止された日や葉書を書けなかった日もあり、家に届いた葉書は1600枚余りであったという。葉書の届かぬ日、家で待つ妻は、幾度か夫の戦死を覚悟したろうか。

青木一著『一日一信 戦地から妻への1600通の葉書』より。今日8月15日は終戦記念日。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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