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放浪詩人・金子光晴が残した覚悟ある反逆の言葉【漱石と明治人のことば193】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「一億二心」
--金子光晴

詩人の金子光晴は、明治28年(1895)愛知県の生まれ。3歳の頃、口減らしのため養子に出された。それがこの詩人の、実存の悲しみの知り初(そ)めだったろうか。早稲田大学、東京美術学校、慶応義塾大学を、いずれも中退。養父の莫大な遺産を10年足らずで使いつくし、貧乏暮らしのなか飄々と、しかし捨て身で詩の仕事に取り組んだ。

天性の放浪者でもあった。街を歩いていて何かの拍子にふらりと汽車に乗り、そのまま何日も帰らない。そんな旅を、青年期から晩年に至るまで幾度となく繰り返した。

圧巻は、昭和3年(1928)9月から足かけ5年に及んだ東南アジアから欧州への旅だろう。驚くことに、東京をあとにパリを目指したとき、金子の懐中には名古屋までの旅賃しかなかったという。どうにか金を工面し、まずは長崎から上海へ渡る。その後は、持ち前の画才で旅絵師のような仕事をして、行く先々で旅費と生活費を稼ぐ。そうやって、香港、シンガポール、ジャワ島、マレー半島、スマトラ島を経めぐって、ようやくパリへたどり着いたのである。滞欧中の2年も貧窮を嘗め尽くし、帰国途中には上海事変にも遭遇した。

久しぶりに帰国した日本は、戦時一色に染まろうとしていた。世間は皆「一億一心」を声高に叫んでいた。そんな中、金子は「一億二心」を胸に掲げ反抗を試みる。

このころ刊行した自作詩集『鮫』では、象徴主義の偽装を凝らしながら、日本軍の暴状を暴露し、軍国主義や徴兵を非難、虐げられる者たちへの愛惜を綴っていた。

実生活でも金子は、ひとり息子を召集から守り抜くため、わざと健康を害するよう部屋にとじこめ生松葉でいぶしたりもした。

しかし、金子は、戦後、抵抗詩人という固定化した枠組みの中で無闇に称賛されることは拒絶した。その抵抗は、政治的・組織的な思想信条に依るものでなく、あくまで一個の人間としての闘いだった。

地を這うようにして世界を放浪した体験が、金子光晴の中に、国家や民族を突き抜けた大いなる個我を目覚めさせていたのである。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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