取材・文/藤田麻希
スイスで生まれパリを拠点に活躍した、20世紀を代表する彫刻家アルベルト・ジャコメッティ(1901~66)。細長く引き伸ばされた棒状の人物彫刻は、誰もがひと目見ただけでジャコメッティの作品だとわかるほど特徴的です。
ジャコメッティの作品を多く所蔵する、マーグ財団美術館のオリヴィエ・キャプラン館長は、『歩く男』という作品を例に、ジャコメッティの作品の魅力を次の3つのポイントに集約しています。
(1)「はかなく、もろい人間が表現されていること」
(2)「はかないけれども躍動的に歩く男の、力強いエネルギーが感じられること」
(3)「どんな時代に作られたのかわからない、時を超えた作品であること」
そんなジャコメッティの数少ないモデルをつとめた一人の日本人がいることをご存じでしょうか。哲学者の矢内原伊作(1918〜89)です。
彼は大阪大学文学部助教授だった時に、パリへ留学し、1955年11月、フランス文学者で美術批評家の宇佐見英治を通してジャコメッティと知り合いました。時折語り合うなどして親交を深め、帰国の挨拶をしたときに、ジャコメッティからデッサンの申し入れを受けます。
ジャコメッティは幼少期から、何かを描くと対象が実物大よりも小さくなってしまうことに悩み、「見えるものを見えるままに」捉えることに強いこだわりをもっていました。モデルを前に制作するときは、数週間、ときには数ヶ月にわたってポーズをとることを求めるため、モデルを続けられるのは家族や友人、恋人など、ごく親しい人に限られていました。
案の定、仕上がりになかなか満足しないジャコメッティは矢内原を引き止め、最初、10日遅らせた出国は2カ月延長することになり、結局、矢内原は72日間、忍耐強くポーズをとりつづけました。
その後、日本に帰国した後も、パリに何度も招待され、合計で230日間をモデルとして過ごし、20点を超える油彩の肖像画と2点の彫刻が残されました。
その制作の様子は、二人の共作と言っても過言ではないものです。ジャコメッティは疲労の限界まで仕事をし続け、その間、矢内原は不動の姿勢を強いられたといいます。ちょっとでも身動きをとると、大事故に遭遇したかのように絶望的な大声を出されたというほどです。
その鬼気迫る様子や、二人の会話などを、矢内原は『芸術家との対話』『ジャコメッティとともに』などの書籍にまとめ、日本におけるジャコメッティの受容に大きな影響を与えました。
現在、東京の国立新美術館で、世界三大ジャコメッティ・コレクションを有する、南フランスのマーグ財団美術館の協力のもとに、初期作から晩年の作品までを網羅するジャコメッティの回顧展が開かれています(~2017年9月4日まで)。
ジャコメッティは、意外にも日本と縁が深い作家です。会場には矢内原との関係を紹介するコーナーも設けられています。ぜひ足を運んで御覧ください。
【展覧会の概要】
『国立新美術館開館10周年 ジャコメッティ展』
■会期/2017年6月14日(水)~9月4日(月)
■会場/国立新美術館 企画展示室1E
■住所/東京都港区六本木7-22-2
■電話番号/03・5777・8600(ハローダイヤル)
■開館時間/10:00 ~ 18:00
※毎週金曜日、土曜日は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
■休館日/毎週火曜日
■展覧会公式サイト/http://www.tbs.co.jp/giacometti2017/
【参考文献】『ジャコメッティ展』カタログ
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』