選評/林田直樹(音楽ジャーナリスト)
ふだん無造作に使う「呼び名」を少し変えてみるだけで、物事の本質が全く違って見え、聞こえてくることがある。
1957年生まれの鍵盤楽器奏者、武久源造のアルバム『適正律クラヴィーア曲集 第1集・第2集 第1番~第6番』は、そうした意味でも、バッハの名作「平均律クラヴィーア曲集(全2巻)」について、全く新しい視点を明らかにしようとするものだ。
独自の配列によって12曲ずつ4回に分けて発表されていくうちの、本作は第1弾となる。(試聴はこちらから)
ここに展開されているのは、後世から見た「結果」として作品を神格化することではなく、人間バッハの創造の「過程」を臨場感豊かに再現することである。時代考証に基づくチェンバロとフォルテピアノ(初期のピアノの形態)を用い、大胆な即興を加えた演奏は力強く刺激的で、1曲ごとに多様な響きと発見がある。
演奏家自身による解説も充実。すべてのバッハ愛好者に強くお薦めしたい。
【今日の一枚】
『適正律クラヴィーア曲集 第1集・第2集 第1番~第6番』
武久源造(チェンバロ&フォルテピアノ)
録音/2016年
発売/コジマ録音
http://www.kojimarokuon.com/
問い合わせ/03・5397・7311
商品番号/ALCD-1165
販売価格/2800円
選評/林田直樹
音楽ジャーナリスト。1963年生まれ。慶應義塾大学卒業後、音楽之友社を経て独立。著書に『クラシック新定番100人100曲』他がある。『サライ』本誌ではCDレビュー欄「今月の3枚」の選盤および執筆を担当。インターネットラジオ局「OTTAVA」(http://ottava.jp/)では音楽番組「OTTAVA Salone」のパーソナリティを務め、世界の最新の音楽情報から、歴史的な音源の紹介まで、クラシック音楽の奥深さを伝えている(毎週金曜 18:00~22:00放送)。近著に『ルネ・マルタン プロデュースの極意』(アルテスパブリッシング)がある。
※この記事は『サライ』本誌2017年7月号のCDレビュー欄「今月の3枚」からの転載です。