今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「たといその結果は失敗に終わっても、そのやることが善いことを行い、それが同情に値いし、敬服に値いする観念を起こさせれば、それは成功である。そういう意味の成功を私は成功といいたい。十字架の上に磔にされても成功である」
--夏目漱石
夏目漱石の評論『模倣と独立』より。このことばの前には、漱石はこんなふうにも綴っている。
「同じことを同じようにやっても、結果に行って好(よ)ければ成功だというが、同じことをしても結果に行って悪いと、直ぐにあの人のやり口は悪いという。そのやり方の実際を見ないで、結果ばかりを見て批評をする。それであの人は成功したとか失敗したとかいうけれども、私の成功というのはそういう単純な意味ではない」
何事も、結果を見てから、その結果に即して論評を加えるのは容易なことだ。理屈はどのようにもつけられる。
だが、実際にものごとに取り組んでいる実践者の立場に立てば、努力してもすぐには思うような結果に結びつかないことも、往々にしてある。チャレンジが失敗に終わることもある。
それでも、目標や理想に向かって、挑み、努力を重ねていく姿こそが尊いのだ。漱石はそれを言っている。難しいことだからといって、最初から諦めていては、何も生まれない。
トランプ米国大統領がオバマ前大統領の「核廃絶宣言」を非現実的なものと批判して否定し、軍事費拡大へと舵を切っている。米国は核保有国としても世界一であるべきだ、とも発言したという。
北朝鮮の暴走を受けてのことだろうが、目指すべき高い理想を、容易に達成できないからと失敗ときめつけ非難するのは、ちょっと短絡的といえるのではないだろうか。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。