今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「いつまで積極的にやり通したって、満足という域とか完全という境にいけるものじゃない。向こうに檜があるだろう。あれが目障りになるから取り払う。とその向こうの下宿屋がまた邪魔になる。下宿屋を退去させると、その次の家が癪にさわる。どこまで行っても際限のない話さ」
--夏目漱石
夏目漱石の処女小説『吾輩は猫である』の中に書かれた一節である。人間の欲望には限りがない。ひたすらそれを追求しようとすると、他者を押し退けて無法を働くことにもなりかねない。「足るを知る」ことが大切だと、漱石は言っているのだろう。
ことは、個人のレベルだけにとどまらない。
各国で「自国第一主義」を抱える政治家や極右政党が、勢いを増している。それにはそれだけの背景もあるのだろうが、周囲のことはお構いなしに際限なく進まれてはたまらない。
先のオランダでの総選挙につづく、フランスの大統領選からも目が離せない。
近年はまた、国境を超えた資本の暴走が世界経済をかき乱すような現象も、しばしば見られる。欲得なしには生きられないのが人間であろうし、それがいい意味での活力につながることもあるのだろうが、あまりに無秩序に放置していていいものではない。
世界経済の安定を図るため、もう少しきちんとしたルール作りが不可欠なのではないだろうか。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。