今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「人が『緑色の太陽』を画いても僕はこれは非なりと言わないつもりである。僕にもそう見える事があるかも知れないからである」
--高村光太郎

高村光太郎は彫刻家・画家で詩人。既成の観念にとらわれぬ表現の可能性を追い求める芸術家のひとりとして、画家は自分がそう見えるなら太陽を緑色に描いてもいいではないか、と言っているのである。(評論『緑色の太陽』より。)

夏目漱石も美術に深い趣味と興味を持ち、日本の美術界の発展にも目配りしていた。大正元年(1912)に発表した『文展と芸術』は、そんな漱石だから書けたすぐれた評論だった。「芸術は自己の表現に始って、自己の表現に終るものである」という一行から書き起こし、漱石は、官主導の文展を偏重し過ぎるきらいのある当時の日本美術の状況を憂い、こう綴った。

「文展六回の審査に及第した作品が、千遍一律の杓子定規で場内に陳列の栄を得たものとは、ただ瞥見してだけでも、考えられないが、あすこに出ている以外に、どんな個性を発揮した作品があったかは不幸にしてまだ解決されない問題である。余は審査員諸君の眼識に信を置くと共に、落第の名誉を得たる芸術家諸氏が、文展の向うを張って、サロン、デ、ルフューゼを一日も早く公開せんことを希望するのである」

「サロン・デ・ルフューゼ」は、フランスで実施されていた落選作品の展覧会のこと。文展の審査員の評価や俗衆の気受けばかりに心を奪われていると、芸術は堕落しかねない。そんな恐れをも抱く漱石の、若い画家たちへの励ましのことばでもあっただろう。

ところが、まだ20代、反逆心旺盛な高村光太郎は、よく読みもせず漱石の静かな論調に「曖昧」と噛みついたりした。そうして、もっと強く具体的な表現で言い切ろうとして出てきたのが、この「緑色の太陽」ということばであったように思える。いずれ、その言わんとするところは、漱石と同じ「自己の表現に忠実なれ」ということである。

本来なら、漱石の励ましに感謝すべき立場にありながら、それに気づかず突っ走ってしまった辺りが、いかにも性急で直線的な若き日の高村光太郎らしくもある。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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