今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励しているように思う。わるくならなければ社会に成功しないものと信じているらしい」
--夏目漱石
かの名作『坊っちゃん』の中に、夏目漱石が綴りこんだことばである。漱石はこうつづける。
「たまに正直な純粋な人を見ると、坊っちゃんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。それじゃ小学校や中学校で嘘をつくな、正直にしろと倫理の先生が教えない方がいい」
実際、この社会ではよくご都合主義の「大人の論理」なるものがまかり通っていて、純粋な気持ちから正論をぶつけて異を唱えると、「青臭い」と退けられ「もっと大人になれよ」などと諭されたりする。
そういう世間の難癖に負けるな、と漱石は言っているのだ。正直で何が悪い。純粋で何が悪い。正義が通らないのは、世の中のほうがおかしいのではないか。
漱石は友人の大谷正信への手紙にこんなふうにも綴っている。
「山嵐や坊っちゃんの如きものがおらぬのは、人間として存在せざるにあらず。おれば免職になるからおらぬ訳に候。貴意如何(きいいかん)。僕は教育者として適任と見做さるる狸や赤シャツよりも不適任なる山嵐や坊っちゃんを愛し候」(明治39年4月4日付)
「貴意如何」(あなたはどう思うか)という問いは、漱石が 100年後の私たちに投げかけるものでもある。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。