
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第11回。まずは前週からの流れを整理しましょう。足利義昭(演・尾上右近)の上洛要請を受け入れた信長(演・小栗旬)は、三好三人衆や六角氏の拠点を次々と撃破して上洛を果たすという流れでした。これは、信長の勢いを見て、三好三人衆側がたいして合戦せずに本拠の阿波にいったん退いて、態勢を整えて再起を狙ったということになるのでしょうか。
編集者A(以下A):信長が岐阜に戻ったすきをついて攻めてくるとは、三好三人衆も狡猾ですよね。さて、合戦の舞台になった本国寺は、もとは鎌倉時代に鎌倉に創建された日蓮ゆかりの寺院で、鎌倉幕府滅亡後に京都に移転した寺院です。日蓮ゆかりですから法華宗(現在の日蓮宗)の寺院ということになります。かなり広大な寺域を有し、大きい壕があったとも伝えられますので、「本国寺城」といってもよい規模だったのではないでしょうか。なお『豊臣兄弟!』では「本圀寺」としていますが、もとは本国寺で、江戸時代に「黄門様」でおなじみの水戸光圀が「圀」の字を与えて「本圀寺」に改めたということですので、当欄では「本国寺」とします。
I:劇中でも登場していましたが、この時の攻め手には、信長から稲葉山城を追われた斎藤龍興(演・濱田龍臣)も参陣していたようですし、劇中では登場しませんでしたが、信濃を武田信玄(演・高嶋政伸)から奪われていた小笠原氏も参戦していたといいますから、けっこう大掛かりな合戦だったようですね。
A:『豊臣兄弟!』の本国寺の変では、攻め手の三好三人衆に僧形の小一郎(演・仲野太賀)が、「ここは三好家代々のご当主が敬われていた寺でございますれば、それをないがしろにしては、七代先まで祟られましょう」「火などかけようものなら、まさに東大寺の大仏の二の舞。あの暴挙も、三好家の方々の仕業と世に知らしめることとなりますぞ」などと時間稼ぎをする場面が描かれました。一見、「コミックモード?」と感じたかもしれませんが、元ネタがあります。
I:あ、元ネタがあるんですか? 私は完全に創作かと思ってみていました。
A:『足利季世記』という軍記物の「本國寺合戦之事」の中に「京中の法華寺の僧衆寄合、三好方へ使僧を立て」「今夜かように責め入り、乱妨あらば、本國寺滅亡なり。この寺は三好家代々崇敬の寺也」と説明したとあります。
I:あ、劇中で小一郎が語っていた内容にそっくりですね。
A:はい。さらに続けて、このまま攻めたら、お寺は焼亡してしまうではないか。公方様に恨みがあるなら、明日場所を変えて攻めたらいい、と訴えたそうです。そんなこと聞きいれられるの? という感じですが、この時期の法華宗の勢力といえば、劇中の時代のほぼ30年前に「天文法華の乱」という合戦で、比叡山延暦寺の僧兵との合戦があって、その勢力を敵に回すのは面倒だという考えがよぎったのかもしれません。
I:なるほど。法華宗の使僧に化けることによって、本来そこにいるはずのない小一郎の登場をクリアにしたというからくりですね。なんと手の込んだ設定でしょう!
A:その『足利季世記』には三好三人衆の寄せ手の人数は「一萬余人」と記されています。盛った数字かもしれませんが、数千はいたのではないでしょうか。ちなみに、『信長公記』にはどんなふうに描かれているか、顛末を整理したいと思います。『信長公記』には、三好三人衆に加えて斎藤龍興、長井隼人らが薬師寺九郎左衛門を先陣として六条(本国寺のこと)に攻め入ったことが記されています。対して、本国寺を守った人物は、「細川典厩、織田左近、赤座七郎右衛門、赤座助六、津田左馬丞、渡辺勝左衛門、坂井与右衛門、明智十兵衛、森弥五八、内藤備中、山県源内、宇野弥七」という名が列挙されています。
I:明智十兵衛=光秀の名前もありますね。
A:はい。なんでも光秀の『信長公記』デビューの記述だそうです。2020年の『麒麟がくる』では、本国寺に援軍がきた様子が描かれていましたが、『信長公記』には、三好義継、細川藤孝、池田勝正、池田清貧、伊丹忠親。荒木村重らが駆け付けたと記されています。
I:『豊臣兄弟!』でトータス松本さんが演じる荒木村重まで! 信長からの書状を受け取って「どないしよ?」と団子を頬張っていましたが、織田方に与したのですね。
A:さて、『麒麟がくる』の際は、光秀が主人公ということですから、攻め手の来襲を光秀(演・長谷川博己)が気付いて、将軍義昭(演・滝藤賢一)を避難させるという展開でした。1992年の『信長 KING OF ZIPANGU』では、岐阜にいる信長(演・緒形直人)に、義昭(演・青山裕一)襲われたという一報が入り、次の場面では京に信長が戻ってくるという流れで合戦の模様は描かれませんでした。
I:なんだか、光秀が本国寺で守備側にいる場面を見て、13年後の本能寺の変のことを想起してしまいました。
A:ああ、なるほど。本国寺の事件の顛末を記憶に留めて、「どうすれば効率よく討ち取ることができるのか」を学習したということですね。それはあるかもしれませんね。それにしても劇中でもあと13年なんですね。

解像度を高めるために第10代将軍足利義稙を知る

I:そういえば、信長の「天下布武」というキャッチフレーズが、京都を中心にした畿内での統治の回復で、足利将軍家の再興を志したものだということが説明されました。
A:第10回に信長や秀吉(演・池松壮亮)らが上洛した際の京の様子が、寂れた感じだったことが印象に残った方もいたかもしれません。京都は応仁の乱(1467~1477)でその大半が灰燼に見舞われ、その後も合戦の連続でしたから、秀吉らがみた京都の様子が実相に近いのかもしれません。そうなると、なぜ、「天下布武」=足利将軍家の再興なのかというのが理解しやすくなると思います。その歴史を深掘りしたいという方、『豊臣兄弟!』劇中の解像度を高めたいという方は、室町幕府第10代将軍足利義稙(よしたね)の人生を振り返っていただくとわかりやすいかと思ったりしています。
I:室町幕府第10代将軍!
A:応仁の乱後、10年ほど経ってから将軍職に就いた人物です。中世史の山田康弘先生の『足利義稙―戦国に生きた不屈の大将軍(中世武士選書33)』(戎光祥出版)という本を読むと、この頃のめちゃくちゃな京都の動静に触れることができて、「ああ、この流れの延長線上に信長の戦いがある」と、『豊臣兄弟!』の解像度がアップします。足利将軍家は第10代義稙、第11代義澄、第12代義晴と続きますが、いったん京都を追われた第10代義稙が13年のブランクを経て、義澄のあとに再び将軍に復帰するという驚天動地の展開は刮目です。
I:私もちらっとめくってみましたが、細川一門、三好一族の動向、そのほか細川一門の宗家である京兆家の有力家臣などが複雑に登場してくるので、正直「京都、わけがわからない」状態で驚きました。こういう京都の状況を理解すると「天下布武」がなぜ求められたのかよくわかります。
A:同書で知ったのですが、京都に復帰した足利義稙が、政権がやや安定した1517年に、京都から有馬温泉に湯治に出かけようとしたんだとか。現職の将軍が京都を留守することを危惧する周囲は有馬温泉行を思いとどまるように諫言したそうですが、義稙は有馬温泉行を強行したそうです。そのタイミングで、義稙にとっての織田信長的存在で10年在京していた周防の大内義興が帰国してしまい、また京都が不安定になったそうです。
I:まるで任侠映画の出入りのようですね。
A:まさに! 『麒麟がくる』では向井理さん演じる第13代将軍足利義輝が三好三人衆らに討たれる場面が描かれましたが、『豊臣兄弟!』でも「本圀寺の変」と題して戦いの様子が描かれることになりました。応仁の乱以降、延々と合戦を繰り広げていたということです。
I:それは、京都も荒れてしまいますよね。
A:信長上洛の際の京都の荒れ具合といえば、小一郎や秀吉、蜂須賀小六(演・高橋努)らが、京の民衆に銭をまいていましたが、なにしろ、当時の後柏原天皇、後奈良天皇は日本の歴史上もっとも皇室が貧しかった時期になります。後柏原天皇は践祚から20年以上、後奈良天皇も10年以上即位の礼ができないという状況に追い込まれていたのです。そして、ここで足利義稙のことを事例にあげたのは、「13年流浪の末に将軍職に復帰」という経歴に注目してほしいからです。尾上右近さん演じる第15代将軍足利義昭もやがて、各地を流浪することになります。それが『豊臣兄弟!』の中でどこまで描かれるのか判然としませんが、「第二の義稙」になったかもしれない将軍がいたということを記憶に残していただきたいです。
I:今後、織田軍団がどう描かれるのか興味津々ですね。

※高嶋政伸の「高」は正しくは「はしごだか」。
●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











