鳥山検校による身請け事件
安永4年(1775)、盲人の高利貸しである鳥山検校が、松葉屋の瀬川を身請けしました。検校が1,400両もの巨万の財を投じて瀬川を迎え入れたことから、世間の耳目を集めました。
しかし、検校は諸人に高利を貸し付けて巨額の利益を得ていたために、罪に問われ、財産を失う末路を辿ります。その後、五代目瀬川がどうなったのかは、定かではありません。
洒落本『契情買虎之巻』の影響
五代目瀬川と鳥山検校のエピソードは、洒落本作家・田螺金魚(たにしきんぎょ)の手によって『契情買虎之巻(けいせいかいとらのまき)』として脚色されました。
この作品は、遊里における人間の情念を描き、当時の文学界で大きな注目を集めました。瀬川の亡夫に似た男性との恋愛模様や悲劇的な結末が描かれ、のちの人情本ジャンルの発展にも影響を与えたとされています。
「居風呂」の小咄
五代目瀬川の身請け事件は、江戸の庶民文化にも浸透し、「居風呂(すえぶろ)」という小咄の題材にもなりました。五代目瀬川と鳥山検校の事件がいかに広く話題となったかを示すエピソードです。
まとめ
五代目瀬川の生涯は、詳しい記録が残されていないものの、鳥山検校との身請け事件や、それに基づく文学作品によって多くの人々に今もなお語り継がれています。
※表記の年代と出来事には、諸説あります。
文/菅原喜子(京都メディアライン)
肖像画/もぱ(京都メディアライン)
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引用・参考図書/
『世界大百科事典』(平凡社)
『日本人名大辞典』(講談社)
『国史大辞典』(吉川弘文館)
『東洋文庫』(平凡社)